ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

シンガポール旅行2023年(3)リバーワンダー、シンガポール国立博物館、リトルインディア

ブギス

 朝ごはんを食べにMRTでラベンダーの隣駅にあたるブギスへ移動する。日本で旅程を計画している時は徒歩10分ちょっとくらいに見えるから歩いて行こうと考えていたが、現地の蒸し暑さとバスの便利さを知ってしまった今はバス移動一択である。
 ブギスストリートという雑然としたアーケード街を通り抜ける。

 団地の集会所のようなところ。

 その角をふっと曲がると、休日の朝から賑わっているホーカーセンターが現れる。

 ブキット・プルメイ・ローミーという店でローミーを頼む。

 ローミーはあんかけ麺。あんの粘度が高く混ぜ混ぜして食べる感じ。味付け玉子に鶏肉、チャーシュー、ミートボールと具沢山で、にんにくのすりおろしがジャンキーな味わいも出している。ミートボールと思って食べるとかりっとした歯ごたえで、意外性もあり。

 ホーカーセンターでは食べ終わったトレイを下げる台が置いてあり、だいたい掃除をする人が貼り付いている。食べ終わってもトレイを下げずだらだら喋っていてもよくて、その辺は自由な感じだ。シンガポールでは街を歩くと必ずホーカーセンターにぶつかる。すごい。

リバーワンダー

 ブギスからMRTでカーディブ駅へ。ここからリバーワンダーという河川をテーマにした水族館へ向かう。リバーワンダーは、他にシンガポール動物園、ナイトサファリ、バードパラダイスという自然系テーマパークが集まった「マンダイ・ワイルドライフリザーブ」というエリアにある。
 カーディブ駅前でシャトルバスへ乗り込む。1ドルなり。お金取る必要あるのかなと思うが、地元民のついで乗りを防ぐためかもしれない。休日のせいかキッズが多数で車内は賑やか。所要20分程度。

 リバーワンダーへ到着。チケットはウェブからしか申し込めず、園内にチケット売り場の類はいっさいない。この辺りも労働生産性の高さにつながりそうだ。

 アマゾン川など六つの河川ごとに園内のエリアが別れている。

 このパーク、半屋外みたいな建屋で、悪くはないのだけれども、自然光と、あと水槽周りのエンタテインメント的なごちゃごちゃした飾りつけもあり、写真が非常に取りづらい(水族館ってそもそも写真を撮るための場所でないと言われたらその通りですが)。

 長江のチョウザメ

 パンダ。

 アマゾンの猿や鳥が放し飼いにされているエリア。

 鳥。

 目玉のアマゾン浸水林。アマゾン川は雨季と乾季で水位が大きく変わり、雨季は10メートルほども水位が上がるそうだ。それで林が水面下になってしまったのを再現している水槽。

 マナティーが泳いでいる。時々ヒレで頭をかくような仕草をしており、マナティーが魚類でなく哺乳類だということを感じさせる。

 眺めているとマナティーがうんこをしていた。水面に浮いていた草みたいなの、マナティーのうんこだったのか。生き物だから別にうんこしていいのだが。

 リバーワンダー、期待して訪れたのだが、あくまで個人的にはだけど、そこまでぐっとは来なかった。河川をテーマにした水族館だと、岐阜県にあるアクア・トトぎふの方が地元長良川に立脚した実直な展示で好みかも。リバーワンダーはやや総花的な嫌いがある。一方、展示はボリューミーだし、あと、まあまあ辺鄙なところに所在しているにも関わらず交通機関を整えて気軽に訪問できるようにしているのは素直に偉いと思う。

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 帰りもシャトルバスでカーディブ駅へ。1ドルのはずだがお代はいらないと運転手が言う。よく見ると、本来運転席の左わきに設置されるはずのEZリンクカードをタッチする機械自体がない。推測するに、繁忙期なので機械のない車体も臨時調達しているのでないか。

 昼ごはんは肉骨茶(バクテー)を食べる予定だったのだが、朝のローミーが結構ボリューミーだったせいかそこまでおなかぺこぺこでない。計画を変えてチョンバルにあるホーカーセンターへ行ってみよう。Googleマップで調べると、North South線をオーチャードで降りて、そこからバスで行けるらしい。

チョンバルマーケット

 オーチャードでバスを待つ図。主要なバス停には電光掲示板で何番のバスが何分後に来るか表示され、とても便利。

 チョンバルマーケットへ。

 二階にあるホーカーセンターが広々していて、地元民で賑わっていて、とてもいい雰囲気!

 地元民が行列を作っている店がいいはずなので、物色する。その前に喉が渇いたので飲み物だ。そう、落ち着こう。まだあわてるような時間じゃない。
 行列のあった店でレモン入りのサトウキビジュースを頼む。

 注文すると店の奥でおばちゃんがさとうきびを粉砕し始める。フレッシュだ。生き返る~。

 ごはんは李鴻記廣東焼臘でチャーシューライス。

 甘いタレがかかっており、もちろん美味しい。セルフコーナーで調達したチリソースを混ぜると味が締まる。ホーカー飯最高だな。

 ホテルへ戻って休憩。

シンガポール国立博物館

 夕方は、シンガポール国立博物館

 チケットの種類が複数ある。常設展のみは15シンガポールドル
 シンガポールの通史を扱っており、植民地以前、イギリス植民地時代、日本占領下、戦後、という構成になっている。
 シンガポールはイギリス植民地時代に国際自由貿易港として発達し、中国人やインド人が多く流入した。

 1942年に日本軍がマレー半島を侵攻し、シンガポールも占領。昭南島と名を変えられる。ちなみに、日本軍がマレー半島のジャングルを進軍する際に使った自転車、通称銀輪部隊も展示されていた。

 戦後、マレー半島全体がイギリスから独立しマラヤ連邦が誕生するも、半島側との政治的対立からシンガポールは国家として分離。具体的にどういう対立があったのか興味があったのだけれども、あまり詳しく説明されていなかった(読み飛ばしてしまっていたらごめん)。

 独立したシンガポールにとって最重要の課題は高い失業率。それを解消するために工業化を進めた。また、住居不足も深刻な課題だった。住宅開発庁(Housing & Development Board = "HDB")は1970年代からHDBフラットと呼ばれる団地を大量供給した。また、HDBは生活の質を上げるため、フラットに店舗や学校、ホーカーセンターも併設するよう取り組んだ。なるほど、団地の一階に必ずといっていいほどホーカーセンターがあるのは政府の施策だったのか。

 また、シンガポールは歴史の浅い多民族国家のため、国としてのアイデンティティを作っていくのにも腐心したとのこと。ここは考えさせられた。今回自分が訪れたガーデンズ・バイ・ザ・ベイもリバーワンダーも風土や歴史に根ざしたというよりは半ば強引に据え付けた名所という感が否めないと思うが、むしろそのようにせざるを得なかったシンガポールの苦渋を評価するべきなのかもしれない。

リトル・インディア

 博物館を出て、バスでリトル・インディアへ。

 有名なショッピングビル、テッカセンターは改装中だった。

 もちろん、行き交う人はインド系が多い。

 リトル・インディアのドンキとも言われるムスタファセンター。

 でけー。

 スパイスの棚などを見る。コリアンダーパウダーが100gで100円くらいなので、やはり日本より安い。

 しかし、この建物、めちゃくちゃ奥行きがあって、どこまで進んでも終わりがないなと思っていたが、

 二つの建物が空中廊下でつながっていたんですね。大阪の船場センタービル方式か。

 晩ごはんはリトル・インディアの端の方にあるMTRシンガポール。インド系の人で行列ができている。

 20分ほど待って着席。

 マサラドーサとマサラティーを注文。
 ドーサは発酵した豆の粉で作ったクレープですね。マサラドーサだと中にスパイス風味のじゃがいもが入っている。添えられているのはチャツネというタレ。緑色がココナッツ風味で、赤いのが普通に辛い。

 もちろん、美味しいのだが、シンガポールで食べた他のごはんに比べ、東京で食べるのとそこまで差はない。東京のインド料理店のレベルがやたら高いのかもしれん。
 マサラティーが配膳される時、店員が「砂糖はこれね」と卓上にあった砂糖壺を示した。ということは甘くないのかなと一口すすると確かに甘くない。などとやっていると隣席のインド系夫婦が、「砂糖入れないと!」ってわざわざ話しかけてくれた。砂糖壺にスプーンがないので、自分のティースプーンでかき混ぜてしまったらそれ以上砂糖が追加ができない。さて、何杯入れるべきかと悩み二杯入れる。隣の夫婦もマサラティーを頼んでおり、奥様の方は五杯くらい砂糖を入れていた。なるほど、そういう感じね……!

 

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シンガポール旅行2023年(2)ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、チャイナタウン、アラブストリート、カトン

コピティアム

 ホテルはシンガポールMRT East West線のラベンダー駅近くにあるホテルボスというところ。普通の小奇麗なビジネスホテルで可もなく不可もなくという感じ。

 ひとまず近所のセブンイレブンで「EZリンクカード」というシンガポールSuicaみたいなカードを買う。ちなみに、ホテルを出た瞬間、デジタルカメラのレンズが曇ってしまい、シンガポールってめちゃくちゃ湿度が高いのねと思う。

 朝ごはんは歩いて5分ちょっとのところ、団地の一階にある協勝隆というコピティアム。コピティアムというのはシンガポールの喫茶店みたいなところ。ヤクンカヤトーストというチェーン店が有名なんだけど、そちらは日本にも進出しており食べたことがあるので、今回はこちらのローカル店で。

 コピという甘い珈琲と、カヤトーストという甘いジャムの入ったパンをいただく。

 開放的な店構え。天井で回るファン。店先でうろうろしている客なのか店員なのか分からないおじさん(店員だった)。シンガポール、いいところじゃないか、と初めて思う。

 ラベンダー駅へ。

 そこはインド人街に近く、かつては腐臭漂う下町であった。その歴史を払拭しようというのか、一帯は清楚な花の名を冠してラベンダーと呼ばれていた。(『プライベートバンカー』)

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ

 ベイフロント駅到着。駅直結のマリーナベイ・サンズへは行かないが入口だけ覗き見。看板が英語、中国語、日本語の順に書かれており、建てられた頃(2011年)はまだ日本人が有力な観光客だったのだろうかと思う。

 地下道を通って、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの入口へ。ガーデンズ・バイ・ザ・ベイはマリーナ湾沿いに2012年に建設された植物園。スーパーツリーグローブという樹木型の巨大な塔が何本も立っており、近未来的な外観で知られている。
 チケットは事前にウェブで予約、印刷済み。クラウドフォレスト、フラワードームへのシャトルサービスのチケットのみ受付で購入。3ドルなり。

 クラウドフォレスト。

 入るなり、植物のタワーと巨大な滝があり、おお、と思う。

 ちなみに、足元のドラゴンみたいなのは、この時やっていた映画『アバター』フェアの置物。別にいらねーと思うが、世界観の方向性自体は似ているかもしれない。

 エレベーターでタワーの上まで昇り、ぐるぐる降りながら見物するスタイル。
 通路はかなり高いところにある。

 JRPGみたいな世界だ。

 続いて隣のフラワードーム。

 こちらは涼しい気候の樹木や花が育てられている。

 ふむ。

 もう一つの目当てだった、OCBCスカイウェイというスーパーツリーの間を渡る橋は、悪天候のため閉鎖されていた。さして雨は降っていなかったのだが……しばらくしても開きそうにないので、諦めてあとにする。

 欧米系の女性二人組に写真を撮ってと頼まれる。英語で「はいチーズ」ってなんて言うんだろうと悩んだ。

 ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、普段の定価は3,000円くらいだが、先述の別にいらない『アバター』フェアで強制的に5,500円くらいのチケットしかない状態だった。日本の植物園でこんな代金を取るところはないと思うが、しかし、『アバター』だので理由をこしらえて観光客からはこれくらいむしり取ってもいいのかもしれない。植物園のチケット代が5,000円超だったら国民から文句が出そうだが、シンガポール在住者には割引があり、その辺の値付けのやり方もうまいなと思う。

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 再びMRTベイフロント駅へ。シンガポールMRTは1980年代から計画的に建設されているためか、上下二層乗り換えがすっきりしたデザインになっている。

マクスウェル・フードセンター

 マクスウェル駅。

 立派なお寺と立派な団地。よい。

 ホーカーセンター(シンガポールのフードコート)と高層ビル。よい。

 ふおお、このホーカーセンター、めちゃくちゃいい雰囲気じゃないか! 入った瞬間に八角の匂いがぷんぷん漂う。

 というわけで、昼ごはんはマクスウェル・フードセンターで事前に調べていた一家潮州魚粥・魚湯。地元民が行列を作っており、期待ができる。

 店員のおばちゃんへ注文。ベースはスープのみとのことなので、ビーフンを追加。待っている間にセルフコーナーで調味料を調達。

 昼どきで混雑していたので、インド系カップルがいたテーブルに断りを入れて相席させてもらう。
 魚の切り身が入ったスープにビーフン入り、3.5ドル。あっさりしていて美味しい! よそった謎調味料はしょっぱくて発酵味があり、納豆みたいだ(『謎のアジア納豆』(高野秀行/2016)を読んだ影響で、納豆を調味料に使うというのが頭にあったからかもしれん)。スープに入れると味が締まる。

チャイナタウン

 隣接エリアであるチャイナタウンへ。

 日差しが出て非常に暑い。

 ピープルズパークコンプレックス。

 いなたい感じを期待して行ったが、実にいなたい。

 外はこれまた大賑わいな中華系ホーカーセンターになっている。

 向かいのチャイナタウンコンプレックスへ。

 2階がホーカーセンターになっているのだが、ここ、薄暗くて、そしてめちゃくちゃ広いな!

 ワンフロアで200くらい食堂があるのか。地図見ないと間違いなく迷う。

 オールド・アモイ・チェンドルへ。チェンドルは緑色のゼリー。かき氷、小豆、グラメラカというパームシュガーのシロップをかけて食べることが多い。

 写真は、トレイをテーブルに置く時に皿が滑ってやってしまった図です。気を付けましょう。

 グラメラカに香ばしい風味があって、とても美味しい。
 一度ホテルへ戻り休憩。

アラブストリート

 夕方は歩いてアラブストリートへ。観光地然とした感じ。

 このあとカトンというエリアへ行くのだけれども、MRTだと最寄り駅からかなり歩くことになるので、目的地に直結している路線バスに乗る。
 目当ての番号のバスが来たら手を挙げて停める。前から乗ってEZリンクカードをタッチし、下車時もカードをタッチしてうしろから降りる。バス内では次のバス停のアナウンスも電光掲示もないので、GPSで位置情報をにらみながら目的のバス停に到着したことを自分で確認する必要あり。一見難易度が高いようだけれども、慣れるとなんなら日本のバスより便利に感じる。とにかく高頻度運行だし、Googleマップで的確にバス路線が経路検索できるからだ。

 バスはたまに二階建てがあり、それも楽しい。

カトン

 カトンへ。

 こちらも観光地然としたところ。ジェラート屋があるのは観光地の証拠。

 プラナカンハウスという華僑とマレー人の子孫が、かつて住んでいたカラフルな家。確かに素敵なのだが、建物の外観を眺めるだけなので、少し食い足りない。

 晩ごはんは328カトンラクサというお店。

 ラクサは日清カップヌードルの味になっているので日本でも知られているかもしれない。ココナッツミルクと魚介だしのスープでいただく麺。このお店は結構辛かった。

 辛いものを食べたら甘いものが食べたくなってしまったので、Googleマップで調べて、パークウェイ・パレードというところからバスで福禄寿コンプレックスへ。

 このバス、かなり混雑しており、立錐の余地もないほど。
 シンガポールは日本より一人あたりGDPが高いという。もちろん、映画『クレイジー・リッチ!』(ジョン・M・チュウ/2018)のような超大金持ちシンガポール人もいるんだろうけれども、こうしてバスに乗っているような大多数の市民は他の先進国の庶民とさして変わらない生活を送っているのでないか。

フォーチュンセンター

 フォーチュンセンターにある一家人というデザート屋。

 ドリアンチェンドルを注文。
 ドリアンはペースト状になって上にかかっている。ドリアンを初めて食べた。加工しているせいか、道端で売っている時のような強烈なにおいはもうない。味は、独特のコクがあって、嫌いではないが、他にたとえようがない……チェンドル自体も美味しい気がするのだが、ドリアンが入ると全部ドリアン味になってしまうな。

 ちなみに、このお店、かなりの行列だったのだけれども、店の親父の捌きがよく、並んでいる間にメニューを渡され、座るべきテーブル番号も教えてもらえ、注文するやいなや配膳されるので、全然ストレスがない。テーブル番号が雀牌で示されているのも好感度高し。

 このフォーチュンセンター、外側は地味だが、中は大層賑わっており、全然見た目では分からんなと思った。

 シンガポールは南国の大都会で、そういう意味で台北とかと少し似ているところがあるけれど、決定的に違うのは多民族国家であることだ。中華系が最も多いが、インド系も多いし、旅行客でない在住者と思われる欧米系もちょくちょく見る。

 

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シンガポール旅行2023年(1)シンガポールへ

旅の準備

 2023年5月に新型コロナウイルス関連の日本帰国時の条件がなくなったので、海外旅行を計画した。
 欧米は今はなんだかややこしそうなので、アジアにする。行ったことがなく、しかし、久しぶりの海外なので難易度の高くなさそうな国がいい。
 というわけで比較検討した結果、シンガポールへ行くことにした。

 旅行で必要なもので、以前と比べて変わったのは、Visit Japan Webの事前登録ですかね。コロナ検疫でも使われていたが、今は日本入国時税関申告の電子化のみの用途。帰りの飛行機の中で紙に書いていたのがなくなって、地味に便利。
 シンガポール入国時は短期観光旅行ならビザは不要で、代わりというわけでないが、シンガポール政府のWebサイトで「SGアライバルカード」というのを登録する必要がある。入国日を含む前三日以内で登録が可能になるので、本当に直前にやる感じ。登録を終えるとバーコードが発行されるので印刷して持参したが、提示を求められる場面はなかった。

 シンガポールは旅情がないという人もいるけれど、どうでしょう。マーライオンとか、屋上に船が乗っかったホテル(マリーナベイ・サンズ)とかには行かない感じのシンガポール旅行です。はい。

成田空港

 お盆前であるものの、もう夏休みに入っている人もいるだろうで、混雑しているのでないかと成田空港へ早めに赴くも、チェックインカウンター、保安検査、イミグレ共に行列ゼロ。5分くらいで出国した。

 ちなみに、荷物を預けるのが有人カウンターでなく機械になっていた。海外の空港では時々見かけたけれども、人手不足対応だろうか。

 プライオリティパスを持っているのでラウンジへ向かう。コロナ前の成田第1ターミナル出国後エリアは大韓航空のKALラウンジだけがプライオリティパスに対応していた。コロナ後はANAさんも日銭を稼がなければいけなかったかANAラウンジも利用可に。そろそろ本来の利用者(ANAビジネスクラス客とか上級会員)が戻ってきてプラオリティパス対応も終了するのでないかと思っているが、2023年8月時点ではまだOKだった。
 しかし、空港内の行く先々で「混雑してるとANAラウンジはプライオリティパス利用不可になるよ。IASSラウンジってところに行った方がいいよ」という看板が立っており、なんとかANAラウンジへ行かせまいという何者かの強い意志を感じる。

 ちなみに、成田空港のANAラウンジは元々第5サテライトというところにあったが、第2サテライトにもう一つ新しいのができた。第5の方が広いのだが、プライオリティパス公式サイトに自分が行く時間帯は利用不可とあったので、第2の方へ行くことにしていた。

 問題なく入場できた。まずまずの広さ。第2のラウンジと違い窓がなく、飛行機を眺めながら過ごすことができないのが残念。着席率は多くて5割程度か。

 ANAカレーと、

 ANAとんこつラーメンをいただく。

 搭乗。B767-300ERで窓側席。

 約7時間の飛行だが、予想外にきつかった。昔は7時間くらい平気だったのに、年を取ってしまったのかな……しかし、帰りにB787-9に乗ったら全然平気で、単純にシートピッチの差でないかと思い直した。ANAの767のシートピッチは79cmで、787-9は86cm。たかだか7cmだけど、787だと脚が組めるのだ。これが結構大きい。逆に今後中長距離の旅行は機体も考慮に入れた方がいいということか……

チャンギ国際空港

 シンガポールチャンギ国際空港到着。うぉー、四年ぶりの海外だ! ちょっとどきどきしてきた。

 イミグレは日本他所定国人は機械化カウンターへ誘導される。このレーンが一列しかなく、かつ機械の読み取り性能もあまりよくないため、20分くらい待たされた。シンガポール労働生産性は日本より高いということだが、こういう割り切りをしているためもあるのでないか、などと考える。日本だとこういう場面にスタッフを配置しそうだけど、空港としての売上は別に変わらないからね。労働生産性は客の我慢から生まれる……
 それはともかく入国を済ませ、バゲッジクレームエリアでシンガポールドルをゲットし、地下のタクシー乗り場へ。

 深夜のためかすいすいで、15分程度でホテルへ到着。

 

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『おわたり』(タカハ劇団/2023)

 高羽彩が主宰するタカハ劇団の公演。「おわたり」と呼ばれる風習が残る海沿いの小さな集落。海で死んだ者を鎮魂するというその祭りが行われる時、集まった人々の秘密が暴かれていくのだった――
 出演は早織、西尾友樹、田中亨ら。脚本、演出は高羽彩。
 新宿シアタートップスにて観劇。

 演劇としては珍しいジャンルホラー作品で、フレッシュに感じた。

 ※ネタバレしています。

 民俗学者蝦草(西尾友樹)とその助手斑鳩宇野愛海)、そして、蝦草の旧友で作家の四方田稔梨(早織)は、伊豆半島の海沿いにある小さな集落を訪れていた。その日は集落で「おわたり」という古い祭りが行われることになっていた。フィールドワークとして風習を取材したい蝦草と、村の有力者で観光振興を図る堀口(土屋佑壱)の思惑が一致しての訪問だった。他所の人間に対して愛想のいい堀口であったが、三つの禁忌を蝦草らに言い渡す。曰く、おわたりの最中は、外を見てはいけない。人形を飾ってはいけない。背後から呼ぶ声に振り返ってはいけない。
 一方、稔梨には別の目的があった。彼女は「おわたり」を取り仕切る当主阿部翡翠(かんのひとみ)に用があった。稔梨は、蝦草とも共通の友人で、大学時代に自殺した「ユウヤ」が霊としてなにか訴えかけていると感じており、彼と話をするために、霊能力をもつと言われる翡翠に介在を依頼したかったのだった。
 稔梨は、翡翠が孫息子である刹那(田中亨)を折檻している場面に遭遇し、驚く。刹那はユウヤにそっくりだったのだ。しかし、蝦草はそれを否定する。
 やがて夜になり、集落総出の宴会が行われたあと、おわたりが始まる。そして、稔梨が誤って人形の回るオルゴールの蓋を開けてしまった時、惨劇が幕を開けるのだった――

 冒頭に語られる「デパートの子供向け遊び場にいる少年」という怪談が象徴するように、本作はジャンルホラーである。しかも民俗ホラーだ。集落の奇習、腹に一物抱える村人たち、積み重なる奇妙な出来事、と実にオーソドックスな民俗ホラーの語り口。民俗ホラーといえば、三津田信三の「刀城言耶シリーズ」や、澤村伊智の「比嘉姉妹シリーズ」等の近作が思い浮かぶけれども、ちょっとしたブームなのかもしれない。
 一方、クライマックスで、刹那が登場人物たちが最も恐れるもの(主に彼らが死においやってしまった人々)に姿を変え呪い殺していくさまは、勧善懲悪的で分かりやすいのだけれども、ホラーとしては少し描き過ぎかもしれないなとも感じた。
 蝦草と斑鳩の怪異に対する距離感が適度である一方、稔梨のめり込み方は観客としていくぶん置いてけぼり感があったかもしれない。プロットとして矛盾しているとかそういわけでないので、難しいですね、こういうの。
 舞台は屋敷の中の一室だけで基本的に完結する。演劇の脚本としては当たり前かもしれないけれども、手際はやはりよいと思う。屋敷の外で蝦草が語る過去の出来事(ユウヤの自殺)と、その時の稔梨の様子をオーバーラップさせる演出などはよかった。

『知能犯の時空トリック』(紫金陳/2012)

 中国沿岸部の某市。恩義ある人物のため、物理教師が悪徳公務員たちを次々と死に追いやる。市公安局のエース捜査官が犯人探しの陣頭指揮を取るが、事件の裏には公務員たちによる数々の不正が潜んでいた――
 紫金陳は中国の推理作家。2007年にデビュー。2019年に『知能犯之罠』が著者初の邦訳として出版された。本作『知能犯の時空トリック』は、『知能犯之罠』とおなじく市公安局副局長高棟(ガオ・ドン)が活躍(?)する「謀殺官員(官僚謀殺)」シリーズの一作。中国では、本作(原題は『謀殺官員3 物理教師的時空詭計』)の方が先に出版されたようだ。

 葉援朝(イエ・ユエンチャオ)は派出所の副所長を務める実直な警察官だったが、娘を県役人の息子に轢き殺され、かつそれが県の幹部たちによって揉み消されたことに怒りを覚え、隠蔽した役人の一人を殺害する。それを知った中学校の物理教師顧遠(グー・ユエン)は恩義のある葉を守るため、自分で殺人を引き継ぐこととする。顧遠の犯罪は、事故死や自殺に見せかける巧妙なものだった。
 一方、市公安局から派遣されてきたエリート警察官僚高棟(ガオ・ドン)は、持ち前の推理能力と、市の幹部である義父の権力を使い、捜査部隊を指揮するも、顧遠のトリックに翻弄される。

 本作の面白いところは二点あると考える。
 一点目は、高棟の捜査パートと、顧遠の謀殺パートの相互作用だ。
 本作は、「悪徳公務員たちが権勢を振るい、身内の犯罪すら隠蔽できる地方都市」という、森村誠一推理小説のような舞台設定であるのだが、基本的な構成は、「特定人物の殺害を試みる犯罪エキスパートの準備パート」と「犯人が誰か? 殺害方法はなんなのか? を捜査する警察パート」が交互に描かれるという、言ってみれば『ジャッカルの日』(フレデリック・フォーサイス/1971)にかなり近いタイプの小説だと考える。
 そして、『ジャッカルの日』スタイルの作品は、追う者と追われる者が知らぬ内に邂逅している、という場面が妙味だと思うが、連続殺人を媒介にして顧遠と高棟が実は影響を与え合っていた、というくだりがやはり面白い。
 顧遠は殺人を重ねながらも、生徒である陳翔(チェン・シアン)が補導されたことに心を痛める。陳翔の母は女手一つで息子を養育するため塩水鶏の屋台を引いていたが、警察に目を付けられ屋台を没収された。陳翔は憤り警察署へ殴り込んだ末、補導されてしまった。校長の蒋亮(ジアン・リアン)はある思惑から陳翔の退学を強く主張する。顧遠は陳翔の退学回避のため考えを巡らし、記者の振りをして警察へ電話をする。一方、高棟は部下から中学生(陳翔)の補導についてマスコミから取材があったことの相談を受ける。高棟は殺人事件の調査で難航しているさなかでマスコミに探りを入れられるのを嫌がり、生徒の解放を指示する。

 高棟のあの「解放しろ」の一言がなければ、彼の人生はことごとく書き換えられてしまっただろう。物理教師がその前に重罪を犯していなければ、高棟も細かいことまで気を留めず、彼の将来はまたもや覆されただろう。
 運命とはかくも奇妙なものか。

 二点目は、前作『知能犯之罠』でもあった、中国地方公務員たちの思考回路描写。
 作中、彼らは息を吸うように汚職をする。

「王宝国の経済状況はどうだった?」
「悪くはなかったですね。人付き合いや仕事での臨時収入もありましたし」
 江偉の言う臨時収入が給料以外を指しているのは明らかだ。しかしそのレベルまで上り詰めた幹部にとって、そんなことは何の問題でもない。

 そんな中、シリーズ探偵である高棟は独特のキャラクターだ。
 他のすべての警官が見逃した顧遠の完全犯罪の残り香を、高棟だけがその注意深い観察能力と推理能力で見破る。
 しかし、高棟もまた中国地方公務員であるため、他の役人の汚職に関して自分に害が及ばない範囲ではまったく寛容だし、事件解決には全力を尽くすがそれが難しいと悟ると一転保身に走り出す。

 一般人からすれば、高棟はもうかなり上にいる官僚だが、それでもまだ昇進するつもりだ。その金儲けではなく、全て権力とメンツのためだ。
 だがその道には政敵がたむろしている。高棟が好調なときはみな彼に追随するが、それは彼が実権を握っているという理由以上に、省や市に公認されている最もポテンシャルを持つ若い官僚だと全員が一目置いているからだ。風俗嬢が若さを武器にして稼ぐように、官僚への道はなおさらそうなのである。まだ四十歳に満たない彼はまさに脂がのっている時期にあり、政治上の業績にいくらか添え書きするだけでさらなる発展が見込める。

 推理小説で悪徳警官のキャラクターも少なくないが、高棟は、例えば、『L.A.コンフィデンシャル』(ジェイムズ・エルロイ/1990)に登場するダドリー・スミスのように悪徳こそが正しいと確信し悪徳を楽しんでいるかのようなタイプではなく、顧遠との対比を踏まえると、あくまで『容疑者Xの献身』(東野圭吾/2005)の湯川学の役回りなのである。それがこの「官僚謀殺シリーズ」の強力にユニークな点だと考える。

容疑者Xの献身』ついでに最後にもう一点。
 本作の「時空トリック」について、恐らく日本の推理小説ファンは若干面食らうのでないか。紫金陳が「時空トリック」を用いた背景として、いわゆる「新本格ミステリ」を経験しなかったからでないかと個人的に想像する(おなじ中国系の推理作家でも、新本格ミステリを受容している陳浩基を補助線とすると、理解しやすい)。『容疑者Xの献身』に触発されて推理作家になったという紫金陳がもつ独特のアンバランスさも、ある意味魅力の一つでなかろうか

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『ノック 終末の訪問者』(M・ナイト・シャマラン/2023)

 森のコテージで休暇を楽しむ家族の元へ、武器を持った四人組が現れる。四人組は言う、これから世界の終末が訪れる、回避するには家族の中の一人を選び、犠牲としなければならない、と――
シックスセンス』(1999)、『アフターアース』(2013)などで知られるM・ナイト・シャマラン監督の最新作。出演はデイヴ・バウティスタ、ジョナサン・グロフら。

www.youtube.com


 前半は面白かったのだが、後半は自分が付いていけないタイプのシャマラン映画だった。

 ※ネタバレしています。

 少女ウェンが森の中でバッタを捕まえていると、大男がやって来る。大男はレナードと名乗り、ウェンの親に用があると言う。そこにレナードの仲間だという武器を持った三人の男女が現れる。恐怖を感じたウェンは滞在していたコテージへ逃げ込み、「二人の父親」であるアンドリューとエリックに不審者の訪問を伝える。やがてコテージのドアがノックされ、「話をしたい」とレナードの声がする。
 アンドリューとエリックはドアを閉ざすが、一味は窓を破って侵入し、二人を拘束する。レナードは「これから世界の終末が訪れる。きみたちが家族の中から犠牲者を選び、自分たちの手で捧げることで、終末は回避される」と告げる。当然、アンドリューとエリックは信じないが、四人組の一人、レドモンドが唐突にひざまずき、白いマスクを自ら被る。残りの三人は手にしていた武器でレドモンドを虐殺する。そして、レナードはTVを点ける。TVの向こうでは西海岸に巨大な津波が押し寄せていた。
 アンドリューたちは逃げ出そうと試みる。その過程で訪問者の残りのエイドリアン、サブリナも死ぬ。そのたびごとに、大規模な疫病、飛行機の大量墜落事故が起きる。そして、レナードも自死を遂げ、いよいよコテージの周囲にも雷雲がたちこめる。
 エリックは四人組が黙示録の騎士であったと語り、自分を犠牲者とするようアンドリューへ懇願する。苦悩の末、アンドリューはエリックを射殺する。途端に災害は収まっていくのだった。生き残ったアンドリューとウェンは、三人の思い出の楽曲を流しながら車をいずこかへと走らせていく――

 前半は面白い。
 シャマラン作品としては珍しく、開始して割とすぐに訪問者と家族の攻防が始まり、スリリングだ。それでいて訪問者の目的が謎で、スリルと謎を同時提供するのがうまい。また、ゲイのカップルとアジア系の少女の養子という一家のプロフィールを、説明的にならず会話や断片的な回想で描くのも手際がよい(シャマランって登場人物のプロフィールをさっと描くのがうまいんだよな)。
 映画を観ている最中、レナードが語る「世界の終末」、実はフェイクでないか、と一瞬考える。コテージは周囲から孤絶していて、携帯電話の電波も届かない。大災害を語るのはTVのニュース映像だけ。であれば、すべてはレナードたちのハッタリで、アンドリューたちを騙そうとしているのでないかと。でも、これまでのシャマラン作品を振り返ると、これはきっとそういう話でない(実際に黙示録的な事態が進行している)のだろうなと思い直す。

 そんなわけで後半は本当に「世界の終末を防ぐためにどうやって誰を犠牲に選ぶか?」という話になってしまい、自分などはちょっとテーマ性についていけなくなってしまった。狂信的な集団に家族の中から犠牲者を選べって突然言われたら本当に怖いし、どうしていいか分からないよな、という(主に前半の)シチュエーションは面白いと思うけれども、実際に家族の中から犠牲者を選定するというストーリーを自分ごとに引きつけて考えるのはちょっと難しい(ので、途中からいまいち感情移入できなくなってしまう)。

 とまあいろいろ書いてしまったけれども、映画としての基本的な部分でのクオリティはやはり高いと思うし、M・ナイト・シャマランはコンスタントに映画を作り続けていて、本当に偉いなと改めて思う。

 

buridaikon.hatenablog.com

『友が消えた夏~終わらない探偵物語~』(門前典之/2023)

 志摩の岸壁に立つ洋館が焼け落ちた。内部から大学生グループの首を切られた死体が見つかった。解決済みと思われる事件だったが、被害者がボイスレコーダーへ残した記録を入手した探偵蜘蛛手は、隠された真相を推理する。一方、建設会社に勤める女性がタクシーを装う車に拉致される。二つの事件はどのようにつながるのか――?
 著者の門前典之は日本の推理作家。2001年に『建築屍材』で鮎川哲也賞を受賞しデビュー。寡作であり、メジャーデビューから22年で上梓したのは八作のみ。建築士蜘蛛手啓司が探偵役を務める建築を題材にした推理小説シリーズで知られる。

 門前典之は『浮遊封館』(2008)しか読んだことがないけれど、なにをするか分からないクレイジーなミステリ作家という印象で、本作『友が消えた夏』もミステリとしての精緻さとクレイジーさとB級感が共存した独特の読み味で、個人的には大好き。

 ※ネタバレしています。

 本作は以下の三つのストーリーライン(【過去】「鶴扇閣事件の記録」、【過去】「タクシー拉致事件」、【現在】蜘蛛手の推理パート)と、二つのサブストーリーライン(プロローグ、インタールード)で構成されており、そのすべての仕掛けがあるという、非常に凝った作りになっている。
 まず一つめの【過去】「鶴扇閣事件の記録」を見ていきたい。
 大学生の演劇サークルが三重県の洋館「鶴扇閣」を訪れるも、大雨で外部から孤立し、そしてメンバーが次々と殺されていく。『十角館の殺人』(綾辻行人/1987)や『蛍』(麻耶雄嵩/2004)といったいわゆる「新本格ミステリ」でおなじみのストーリーだ。被害者の一人がテープレコーダーで口述したものを、連続窃盗犯「オクトパスマン」(この設定なに? となりますが……)が文章化し、それを探偵蜘蛛手が読む、という構えになっている。そして、おなじみのようにこの記録には仕掛けがあり、サークルメンバーは男女合わせて六人いるように読めるのだが、実際は五人しかいない、という叙述トリックが仕込まれている。なお、トリックによって生み出された存在しない人物「麻美」だが、描写が明らかに不自然なので(地の文で麻美が主語の文章がない)、気づく人は途中で気づくと思う。
 このトリックでうまいなと思うのは、冒頭の現在パートで、ワトソン役の宮村が蜘蛛手へ次のように語る場面のあるところだ。

六人の男女が館で合宿していて、殺人が起き、館が炎上した。翌朝には四つの白骨死体が発見されている。男女二体ずつだが、首が切断されていて、身元は確定されていない。さらに新たな一体はその後、近くの海底からやはり白骨化した状態で引き上げられている。この一体のみ頭部が残っていて身元はすぐに判明した。それは館が炎上したときに火だるまになって転落した人物で、視認もされている。そしてこの人物こそが、四人を殺し、火を放ち、事故か自殺か分からないけど火に包まれて海に転落したのだろう、と警察は判断しているようなんだ。だけど、蜘蛛さん――」宮村は居住まいを正し、
「残るひとりはどこに消えたんだろうか。なぜ警察はそのひとりを追及しないのか、そこが僕には不思議だ」

(強調引用者)

 ここで「六人の男女」と先行して明言することで、これから記録を読む読者へ先入観をもたせることができる。また、地の文でなく宮村のセリフであることが味噌で、のちに明かされるけれども、宮村自身が「六人の男女」と誤読していたため、この時点で嘘ではない。地味だが効く一手だ。また、後述するがこのセリフでもう一つの仕掛けも施されている。
 サークルメンバーが六人でなく五人だったことから、蜘蛛手は片足が義足だった祐子を犯人と特定する。祐子は途中殺されたことになっているが、これはサークルメンバーを洋館まで送り届けた女性管理人を身代わりの死体に仕立てていたためだった。
 余談になるが、クローズドサークルの洋館、大学生サークル、比較的シンプルな人物トリックと大がかりな叙述トリック、というこれらの構成要素は、某作をある程度意識しているのでないかと推量する。

 次に二つめのストーリーラインである【過去】「タクシー拉致事件」。
 名古屋在住でゼネコンに勤める御厨友子が東京へ出張しようと、朝、家を出て流しのタクシーを捕まえたところ、怪しげな運転手によっていずこかへと連れ去られる。一見、御厨は被害者なのだけれども、以前から彼女の周囲では旅行先に名指しの電話がかかってくる、自室に侵入された跡があるなど不思議な出来事が頻発していた。ただ、それらを回想する御厨の言動自体が不安定で、「信頼できない語り手」にも見える。連城三紀彦作品から美文を抜いたようなテイストとも言えるし、自分はこのパートで『その女アレックス』(ピエール・ルメートル/2011)を想起した。
 御厨の正体は、記憶喪失した鶴扇閣事件の真犯人祐子だった。事件の時点で片足が義足だった祐子は、事件による怪我でもう片方の足も義足になっていた。
 細かいのだが、冒頭の以下の描写が伏線になっている。

 私は汗ばんだパジャマを脱ぎ捨て、タンクトップだけになるとベッドの上で半安座(足を組まない胡坐)の姿勢をとる。そして頭の後ろで両手を組み、胸を反らしながら状態を捻る。毎朝左右五回ずつ行っている自己流のストレッチだ。ヨガでいう鳩のポーズを意識しているのだけれど、私にはとても無理なので、これで妥協している。

 鳩のポーズができないのはからだが固いからと思わせて、実は両足とも義足だったから……ってそんな伏線の張り方、尋常でないでしょ!
 一方、御厨=祐子を拉致したタクシー運転手は、鶴扇閣事件の過程で海へ飛び込み消息を絶っていたサークルメンバー孝裕だった。しかし、孝裕は死体が見つかっていたのでなかったか? ここに仕掛けがある。終盤、鶴扇閣事件は1996年の出来事だが、タクシー拉致事件は2006年と明かされる。冒頭で宮村が語った「海底から見つかった死体の身元が(孝裕と)判明した」のは、1996年でなく、2006年のタクシー拉致事件で御厨に返り討ちに遭っていたあとのことだったのだ(鶴扇閣事件の発生年代がいっこうに言及されないので不自然には感じていたが……)。宮村の発言「その後」のミスリードがなかなかに巧妙である。

 三つめは【現在】蜘蛛手の推理パート。物語の枠構造の外側=安全圏だったと思いきや、御厨の魔の手がワトソン役宮村にも伸びつつあるのが判明したところで物語は幕を閉じる。

 さらにサブストーリーとして「プロローグ」、「インタールード」がある。「プロローグ」は鶴扇閣事件の結末を思わせる場面を描きながら、実は御厨が殺人鬼へと変貌した幼少期の自動車事故を描いていると分かる。「インタールード」は鶴扇閣事件後に御厨が自分の過去を知る人物を殺していたと判明する。

 そして、御厨の殺人の動機が「名前の字画をよくしたいから」と、相変わらず犯罪者の倫理観がぶっ飛んでいるのもの門前典之らしい。

 一方、冒頭のやけに細かい町屋駅前描写いる? とか、「オクトパスマン」の設定がやけに過剰とか(二メートル近い巨体で頭に梵字のタトゥー入れている)、B級感が滲み出ているところも味である。

 まとめると、三つのパートで登場人物を自在に出し入れする驚異的な手つきに、クレイジー過ぎる犯罪者、加えてB級フレーバー。完全に唯一無二の作風。本当に面白かった。