ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『破果』(ク・ビョンモ/2013)

 65歳の女殺し屋を主人公にした異色の小説。仕事上のあるミスをきっかけとして、主人公爪角(チョガク)の周囲で不穏な事態が起こり始める。彼女は老いを自覚すると共に、殺し屋になった自身の半生を思い返すのだった――
 著者のク・ビョンモは1976年ソウル生まれの韓国人作家。2008年にデビューし、邦訳は本作で2作目となる。

 本作の読ませどころであり、かつ特徴になっているのは、「殺し屋社会」と「練り込まれた文体」だろう。

 まず一つ目の「殺し屋社会」だけれども、本作の舞台は高度な殺し屋社会が発達している現代韓国である。主人公は暗殺専門の事務所に所属している殺し屋。事務所は比較的手広くやっているらしく、殺しの依頼は次々と舞い込んでくる。主人公を含む殺し屋たちは案件の中から報酬や難易度によってやりたい仕事を選んでいる。主人公が日常生活を送りながら、殺しの仕事をルーティーンとして(しかし、それなりにやりがいをもって)こなしていくさまが、独特の味わいがあって面白い。
 都市に溶け込む殺し屋社会を描いた作品としては、最近だと映画『ジョン・ウィック』(2014)や『ベイビーわるきゅーれ』(2021)が思い起こされる。死体の後片付けをする「掃除のプロ」が登場する点も通じるところがある(殺し屋が掃除のプロに文句を言われるくだりとかも)。
 いくらなんでも現代韓国で暗殺がそんなに横行しているとも思えず、前述の映画作品と同様、これは殺し屋ワンダーランドの物語なのだろう。

 二つ目の「練り込まれた文体」について、まず本作全体がドライで、それでいて比喩を多用した装飾的な文章で綴られるのが印象的だ。また、現在の場面は基本的にすべて時制が現在形で統一されているのも、緊張感を高める効果をもっている(過去形は回想シーンでのみ使われる。原文でどのような時制になっているか(そもそも韓国語の時制がどのようになっているか)は分からないのだが)。
 いくつか例を挙げる。
 例えば、暗殺のターゲットについての描写(彼らは暗殺のことを「防疫」と呼んでいる)。

 大部分の防疫はこんな風だ。誰が、なぜそれを望んだのかは訊かない。誰かが、なぜ誰かの駆除すべき害虫、退治すべきネズミの子になったのかは説明しない。長い時間をかけてゆっくりと、あるいはある日突然に、人が虫になることについて、カフカ的な分析を必要としない。

 次は、決闘のために昔の拳銃を引っ張り出す場面。

古いといっても買って一五年は経っていないはずで、密封状態にしていたから不発弾が出る可能性は大きくないはずだが、そう思った瞬間、些細な欠格事由がすべて、言うことをきいてくれない自分の身体と同じように不安になる。いくら構造が堅牢で成分が単純明快だとしても、人間の魂を含め、自然に摩耗しないものなどこの世にはない。

 好き好きはあろうが、個人的には印象的な連なりのフレーズだけで十分に楽しめる作品だった。

 また、訳者あとがきでも触れられている通り、映像化の誘惑にも駆られる作品である。主人公爪角役は、韓国ではイェ・スジョンが筆頭に上がっているそうだ。映画『神と共に』のお母さん役か! 確かにハマりそうである。

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