ぶりだいこんブログ

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『〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン』(岡奈津子/2019)

 カザフスタン、という国は自分にとってほとんどなじみがない。知っているのは、中央アジアにある比較的面積の大きな国だということくらいだ。
 カザフスタン旧ソ連の構成国である。ソ連崩壊後の1991年に「カザフスタン共和国」として独立した。その社会では賄賂が生活に根付いている、と教えてくれるのが本書『〈賄賂〉のある暮らし』だ。

 カザフスタンでは、警察や商業許認可、教育、医療などの幅広い公的サービスで賄賂が要求されるという。警察ではちょっとしたことでしょっぴかれて無罪放免にしてもらうため賄賂を渡す必要がある。学校では教員に賄賂を贈らないとよい成績が得られないこともある。あまりに賄賂が行き渡っているため、取引ごとに相場価格が形成されているくらいだ。
 一方、支払う側も時には手続きを早く進める等の理由で積極的に贈賄をするケースもあり、一概に金を渡す側が被害者と言い難い側面もある。
 著者はカザフスタンで100名以上の市民にインタビューを行い、多岐に渡る賄賂の実例を収集している。
 例えば、病院でのひどい話はこんな風だ。

 別の若い女性は、強欲な外科医のせいで脚を失う寸前だったと述懐する。骨折した足が感染症にかかり公立病院を受診したところ、外科医が八〇〇〇ドル払わないと手術しないと言い放ったのだ。両親はアパートを売ってお金を工面しようとしたが、金策に奔走しているあいだに彼女の足の状態はみるみる悪化した。あまりに腫れがひどくなって感染症科に回されたことが幸いし、別の医師の執刀で手術を受けることができたという。

 あまりの事態に絶句してしまう。腐敗のない社会になんとか変えていけないものだろうか。
 しかし、末端の公務員もまた上層部へ上納金を納めなければ地位を脅かされるため、市民から金をせびるしかない、という状況になっている。

 個々の職員が腐敗に手を染めるのは、単に私利私欲に走っているからだけではない。カネを下層から上層へ吸い上げていくピラミッドの構成員になった以上、個人の意思でこの非公式なルールにあらがうことは困難である。

 なんとも嫌らしい搾取の構造だなと思った。
 21世紀の日本で、日々の暮らしにおいて金を渡さないと公共サービスが受けられない、ということはまずないだろう。翻ってカザフスタン社会で生活することに不快感をもってしまいそうになる。しかし、日本にもまた別の形で搾取のシステムが存在するのではないか、とも思った。それぞれの国に、それぞれの嫌らしい構造があるものである。
 なぜカザフスタンがこのような社会になってしまったか、についてはソ連時代からの歴史が大いに関係する。自分は社会主義国家での市民の生活についてほとんど知識がないけれども、その頃の方がよかったということもあるのだな、と本書を読んで知った。

 本書はJETROアジア経済研究所に所属していた中央アジアの研究者岡奈津子によって上梓された。カザフスタンは日本と交流が活発な国と言えないだろうけれども、そんなカザフスタンについても識者がちゃんといる。日本という国もなかなか捨てたものでない。
 が、岡は2022年に亡くなっているようだ。*1 まだ若かったと思うので、驚いてしまった。

*1:【訃報】岡奈津子ガバナンス研究グループ長 逝去のお知らせ  - アジア経済研究所
https://www.ide.go.jp/Japanese/New/2022/20220203.html