ぶりだいこんブログ

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『沸騰インド 超大国をめざす巨象と日本』(貫洞欣寛/2018)

 仕事でインドに少しだけ関わるかもしれないのだけれども、考えてみたら自分はインドのことなんて映画『バーフバリ』くらいしか知らないなと思い、本書『沸騰インド 超大国をめざす巨象と日本』を手に取ってみた。入門的に現代インド社会を知ることがでてきて、よかった。

沸騰インド:超大国をめざす巨象と日本

沸騰インド:超大国をめざす巨象と日本

 

 著者の貫洞欣寛は元朝日新聞ニューデリー支局長。フリージャーナリストを経て、現在はBuzzfeed Japanに勤めている。

 本書は日本人にとって関心が高いであろう「経済成長」、「モディ政権」、「外交政策」、「英語教育、IT」、「カースト制度」の5つの切り口で現代インドを概説する。経歴を活かした実地取材が説得力を与えている。

 モディ政権については日々のニュースで見聞きする程度だったが、成立背景から知ることができる。
 2014年にインド首相へ就任したナレンドラ・モディは、一夜での高額紙幣廃止などトップダウンの政策で知られる。その手腕は彼が長らく所属していた「民族義勇団」(RSS)というヒンドゥー民族主義団体に由来するのではないか、と著者は推測する。
 モディは食用油を製造販売する「ガーンチ」と呼ばれるカーストの生まれである。この「ガーンチ」は政府により「その他後進階級」(OBC)の指定を受け優遇措置があるような、貧しいカーストである。家族の影響で子供の頃からRSSへ慣れ親しんでいたモディは、高校卒業後、RSSへ加入する。モディはRSSで事務方として精勤した。1975年、当時政権の座にあった「国民会議派」のインディラ・ガンディー首相は政治的な行き詰まりから非常事態宣言を発令し、反体制派と見られる組織の取り締まりを強化した。RSSやモディも取り締まりの対象となり、モディは潜伏して幹部の逃亡を助けたりした。そのことがきっかけとなり、モディはRSSが母体となる政党「インド人民党」へ軸足を移す。これらの時代にモディは巨大な組織を統制する能力を会得したと思われる。
 2001年に党の推挙で西部グジャラート州の首相に就任したモディは産業誘致を推進し、また、グジャラード州を「インドで初の停電のない州」にするなど手腕を発揮した。その功績をもってインド首相の座を射止めたのだった。
 一方で、モディはRSS由来のヒンドゥーナショナリストの側面も持ち合わせている。グジャラード州首相時代の2002年に発生した「グジャラード暴動」ではヒンドゥー教徒イスラム教徒の対立により2000人近いイスラム教徒が死亡している。州首相だったモディは事件の悪化を傍観し、イスラム教徒を見殺しにしたと非難されている。モディの責が公的に問われたわけではないが、以降、アメリカはモディへのビザを「宗教の自由への深刻な迫害」を理由に許可していない(インド首相就任後は許可)。

 英語教育のパートも興味深かった。インドは地域によって主要言語が異なり、ヒンディー語ベンガル語テルグ語など多数の公用語が存在している。インド独立時に公用語ヒンディー語へ統一しようと試みたこともあったが、歴史的背景もあり断念、代わりに英語が地域をまたぐ共通言語となった。恥ずかしながら初めて知ったのだが、インドは憲法が英語で書かれており、最高裁判所の審理と判決はすべて英語で行うと規定されているそうだ。司法に携わる人間は英語が必須であるし、一般庶民は出廷しても審理の内容自体が分からないということが起こり得る。地域を跨ぐような広域ビジネスも共通語として英語でのコミュニケーションが必須となる。従って、都市部では英語教育が盛んとなっている。インドらしく、英語教育校も年間数十万ルピーの学費がかかる伝統校から、月額500ルピーの学校まで、ピンキリで幅広く存在している。一方で、公教育は崩壊寸前であり、予算不足、教員不足で授業が行われないことも常態化しているという。
 コラムにあったインド英語のボキャブラリーに関するエピソードも面白かった。

  幼稚園から大学まですべて英語で教育を受けた「英語ネイティブ」のインド人同僚から「それ、これでthriceだからpreponeしましょう」と言われたとき、意味がまったくわからなかった。「postpone(延期)」の対語として「prepone(前倒し)」、「三回目」は「thrice(トライス)」という、英米ではほとんど使われない言葉がインドでは常用されていると知り、驚いた。(「コラム インド人の英語」より)

 また、日本でも存在感を増しているインド発のホテル予約サービス「OYO」を起業したリテシュ・アガルワルを始めとして、インドのスタートアップ創業者に「アグラワル」という姓が多い理由が、カースト制度との関連で語られている点も、へえと思った。少し調べてみたが、センシティブな話題だからか、ネットでそのような情報は見受けられなかった。

 すべては紹介しきれないが、経済成長、外交政策も日本との関りを中心にまとまって描かれている。インドは東アジアに比べると距離があり往来も少なく、実情を知りづらいため、このように知識をアップデートしていくことは重要だと改めて感じた。

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