マカオ
マカオは、中国大陸と陸続きのマカオ半島と、その沖合のタイパ島・コロアネ島・埋立地のコタイで構成されている。
16世紀、ポルトガル人がマカオに住み着いたことから、その歴史が始まった。羽田正『興亡の世界史 東インド会社とアジアの海』によると、大航海時代、東アジアへ到達したポルトガル人は、マカオを領土として獲得したわけでなく、時の明政府へ地代を払うことでマカオを貿易拠点とすることが許された。彼らは日本が産出する銀と中国の生糸や陶磁器を交換する貿易に従事し、莫大な利益を得たという(マカオのポルトガル人はヨーロッパとアジアを結ぶ貿易をしていたわけでなく、あくまで東アジア域内貿易に参入しただけだった)。また、ポルトガル王の勅許を得たイエズス会もマカオを拠点とし、主に日本への布教を試みた。19世紀にポルトガルはマカオを清から正式に獲得した。
その後、貿易港として衰退したマカオはカジノを主要産業として掲げた。また、ポルトガル人たちの建設した施設や広場などが「マカオ歴史地区」として世界遺産に登録されている。
南屏雅敘
マカオ初ごはんは十月初五日街沿いの南屏雅敘へ。

朝から地元の常連客で賑わう老舗店。

南屏三文治(ハムたまサンド)と牛奶紅茶(ミルクティー)。ハムが厚切りジューシーで美味しい。本日はいい一日になりそうだ。

マカオ、そこここの路地がリスボンを思わせる(そりゃ参考にしてるだろうからそうなんでしょうが)。

小さな広場が点在しているところもリスボンっぽい。その広場にお堂があったりする。新鮮。

ちなみに、この時点でかなり蒸し暑かった。
聖パウロ天主堂跡
マカオのシンボル、聖パウロ天主堂跡。

本来は絵になるであろう天主堂跡への大階段を、バスケの3on3の特設会場で塞いでいる。台無し。

世界遺産の看板表記は英語、中国語、ポルトガル語、日本語。かつてのポルトガルの栄華と、かつての日本の栄華をしのばせる。

9時ちょうどに門が開く。付属の天主教藝術博物館へ。キリスト教布教に関する遺物などが展示されているけれども、全体的に解説が乏しく、いまいち理解が深まらず。この絵画なども恐らく長崎の二十六聖人殉教を描いていると思われるが、その場では判然としなかった(あとで調べたら合ってるっぽかった)。前述の通りマカオは日本へ向かう宣教師を送り出した基地であり、日本のキリスト教徒弾圧を最も間近で見た存在だった。

聖パウロ天主堂跡をあとにして聖アントニオ教会へ向かって歩く。

が、日曜のミサで信者以外は入れなかった。それはそうだ。

すぐそばのカモンイス公園へ。ルイス・デ・カモンイスはポルトガルで最も尊敬されている詩人ですね。その名を冠した公園。

近所の人が運動や散歩をしている。朝の散歩コースが世界遺産なの、うらやましす。

洪馨記椰子雪糕へ。大変有名なココナッツアイスのお店。

イートインはなく、その辺りのベンチを探して、いただく。さっぱりしていて、蒸し暑さを和らげてくれる。

マカオ博物館
マカオ博物館へ。訪れた日は入場無料だった。

原田マハの小説『風神雷神』に、主人公が俵屋宗達の未発表史料を求めてマカオ博物館を訪れる場面がある。
聖ポール天主堂のファサードをしばらく見上げてから、彩は隣接する「モンテの砦」の方面へと歩き始めた。「モンテの砦」と呼ばれる、かつて要塞だった小高い丘の中腹にマカオ博物館が建っている。こんもりと繁る木々が作る緑陰の中を進んでいくと、エスカレーターが現れる。これに乗れば博物館の正面にたどり着く。(『風神雷神』(上)より)
博物館の展示は、マカオを東洋と西洋の交差点と定義し、東洋文明、西洋文明の概説から始めている。「漢字とは」とか「アルファベットとは」とか必要かな……と思ったけれど、これはこれであった方がよいのかも。
それからポルトガル人がやって来て貿易港として発展。再現セットやジオラマがたくさんあり悪くないが、自分的にはもう少しまとまった流れがあるとよりよかったかも。


マカオ博物館の三階からモンテの砦へ出られる。丘の上に砦を作るのリスボンっぽい。

あと丘の上から向かいの丘が望めたりして、ポルトガル人にとってマカオはなじみやすい土地だったのかもしれない。

RICO'S
瘋堂中斜巷の急階段を下る。


雀仔園にあるRICO'Sというマカオ料理レストランで昼食。

こちらの名物はチキン一羽を使い、中にライスを詰めて揚げた料理。チキンの皮がぱりっとしていて美味。

ホテルへ戻るのにバスへ乗車。マカオのバスは一律運賃で乗車時のみ支払。澳門通という交通系ICカードを持っていれば簡単。

福榮里という昔の建屋が今も使われている通りを歩く。

グランドリスボア
マカオといえばカジノ。カジノといえばグランドリスボア。
対よろです!

カジノへ行くのは生まれて初めて。カジノは撮影禁止のためここからしばらく写真がなくなります。

意気揚々と地下へ降りるとスロットマシンや電子ルーレット、電子バカラなど機械のゲームばかりで、ゲーセンみたいな雰囲気。天下のグランドリスボアのカジノがこれだけ? 俺は人間のディーラーと勝負がしたいんじゃ。困惑しながら一階へ上がれば、打って変わって、広いフロアにディーラーのいる卓が無数。明らかに熱気が違う。
事前にグランドリスボアの最低ベットは200香港ドル(だいたい4,000円くらい)という情報を見ていたのだが、500香港ドル(だいたい10,000円くらい)以上の卓しかない。ケチなので軍資金は1,000香港ドルのつもりであった。最低ベット500香港ドルだと最悪二回しかできないが、まあ、しかたあるまい。
しかし、今度はチップの買い方が分からない。結論から言うと、賭ける賭けない関係なく卓でディーラーへ現金を渡しチップと交換するか、グランドリスボアでは「ケージ」と掲げられた交換所で交換する。
余談だが、このチップ入手手順の不明さとか、最低ベットの高さとか、振りの客になかなかハードルが高い。もう少しこう初心者の館というか始まりの台地というかそういうのがあっても……と考えたりするが、カジノ運営会社にとってはVIP客が収益源であって、ルールも知らずに来てちまちま賭けるような観光客は取るに足らないということなのだろう。
さて、自分はバカラというゲームをやろうと思っている。
ルールは事前に勉強していて、卓の左右に裏返したトランプを2枚ずつ配り、客は右と左のどちらの合計値が9に近いかを賭ける。合計する際、10以上の数字のカード(つまり10、J、Q、K)はゼロ扱いになる。また、合計が10以上になった場合は10の位が切り捨てられる。例えば、配られたカードが「3」と「4」だったら合計値は単純に「7」だが、「5」と「J」だったら合計値は16でなくJをゼロとして「5」になる、「6」と「7」だったら合計値は13でなく10の位を切り捨てて「3」になる。合計値が低い場合は追加でもう1枚引き、3枚の合計値を使う。最初の2枚で合計値「9」が出せると「ナチュラル9」と呼ばれ勝利が即確定する。
客は基本的に右か左かに賭けるだけでディーラーとの対決要素は特にない。カードは専用の機械から排出されるのでディーラーのカード技術的な要素もない。盛り上がるのは、左右それぞれ一番多くチップを賭けた客がカードをめくる権利を与えられることだ。これを「絞る」と呼ぶ。どうめくったところで配られたカードの数字が変わるわけでないのだが、客がちょっとずつめくることで場が大いに盛り上がるというわけだ。
チップ入手後、しばらくバカラの卓を「見」に回り、概ねゲームの取り回しを把握する。一応、バカラの戦術として、連勝している客に乗っかる「順張り」と、負けている客と反対に賭ける「逆張り」があるらしい。運しかないゲームなので前に勝ったから次も勝つということは確率論的にほとんどないはずなんですが、麻雀でいう「流れ」みたいなやつでしょうか……
既にフィーバーしている卓に途中から入って乱したくないし、誰もいない卓に入ってもそれこそ一瞬で終わってしまうかもしれない。ちょうどこれから盛り上がりそうな卓を見つけ、潜り込む。
最初は勝ち馬に乗っかっていたが、一度自分でも絞らせてもらったらショボ手。すると、運がないとみなされたか、他の客がみんな自分と逆に張り始める。こうね、卓の客がカードが配られてもチップを置かないんですよ。で、自分が右にチップを置くと、みんなして左にさっとチップを置く(笑)。むっとして自分で絞ったらナチュラル9でオラオラー! 脳汁がドバドバ出た(笑)。
気付くと手元には元の倍のチップが。ケージで換金し、利確。今回の旅行代が稼げたのでは(稼げてない)。
自分はギャンブルにはまるタイプでないのだが、ギャンブルにはまる人の気持ちは少し分かったのであった。
対ありでした!

皇冠小館
ご機嫌でグランドリスボアから雀仔園まで歩き、夕食は皇冠小館。

こちらの名物はエビの卵をまぶした麺。

店主の親父がぐいぐい来るタイプで、竹を使ってこねたこの店の麺は文化遺産なのだとわざわざ翻訳アプリを使ってアピールしてくる。
おばちゃんが麺と辛味タレを混ぜてくれる。なかなか美味しい。サービスのスープもいい。






























