ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『未解決事件は終わらせないといけないから』(Somi/2024)

 韓国のインディーゲーム開発者Somiによる推理アドベンチャーゲーム。2024年1月時点で対応ハードはPCのみ。Steamで配信されている。
 引退した警察官が過去の未解決事件を思い出す。「犀華」という少女が行方不明になった。母親が慌てふためく一方、父親はなぜか「探さないでほしい」と訴える。そして誘拐犯が名乗り出て自首するのだけれども――

store.steampowered.com

 2~3時間で終わるミニサイズのボリュームで、値段も800円と手頃。映画を1本観るような時間感覚でプレイできると思う。また、日本語版は登場人物がすべて日本人名に翻案されており、海外製ゲームだということをほとんど意識せずにプレイすることができる。

 さて、ゲームシステムについてだが、プレイヤーはゲーム中、次のような操作をする。
 まず、主人公である元警察官が過去に接した事件関係者との会話を思い出していく。会話内にはキーワードがあり、キーワードをクリックすると関連する新しい会話が連想的に思い出される。

『未解決事件は終わらせないといけないから』より

 しかし、主人公は老齢ゆえか記憶が混濁しており、その会話の相手が誰なのかも、時系列も、あやふやとなっている。プレイヤーは会話の主と時系列を正しく並び替える必要がある。

『未解決事件は終わらせないといけないから』より

『未解決事件は終わらせないといけないから』より

 会話の主と時系列を正しく並び替えることができると、鍵ポイントが溜まる。6ポイント溜めると、事件の真相に近づく重要な会話を思い出すことができるようになる。

『未解決事件は終わらせないといけないから』より

 また、たまに重要な日付や会話を自分で推理して入力する、ちょっと難しいところも出てくる。

『未解決事件は終わらせないといけないから』より

 推理ゲームはいろいろあると思うけれども、「記憶の混濁した主人公」という設定と、「自分の記憶をジグソーパズルのように並び替えることで謎を解いていく」というゲームシステムが、きちんと噛み合っていて、非常にスマートに感じる。いいシステムだと思うが、恐らく一回勝負で使い切っているのも潔くてよい。
 ただ、自分はゲームシステムについてこれ以上語ることができるような知識もないので、次に推理小説の観点で述べてみたい(このあとがっつりネタバレします)。

ネタバレしています。

 推理小説のネタとしては、「父、母、犀華の一家がいて、犀華が誘拐された」と思わせて、「犀華もその一家も二組いた」というもの。
 別々の二人をあたかも一人の人間として視点人物(ひいては読者)に誤解させる、という手管、日本の推理小説では比較的ポピュラーで、開発者Somiは絶対日本の推理小説も読んでるよね~、とインタビューを探してみると……

Somi 主に小説からインスピレーションを受けています。ゲームのクレジットにもありますが、韓国の小説家キム・ヨンスが書いた「濡れずに水に入る方法」からインスピレーションを受けました、 この小説は、他人に対する無条件の優しさについて書かれています。また、ミステリー部分では三木彦連蔵の小説「白光」から、ドラマティックな部分では東野圭吾の小説「新参者」から多くのヒントを得ました。

www.gamespark.jp

 はて、「三木彦連蔵」とは……
 ……
 ……
 ……いや、「連城三紀彦」だろうがよ!
 それはそれとして、言われてみれば、東野圭吾の加賀恭一郎もの的な、聞き込みを行うことで事件関係者が隠していた事実を明らかにしていくというストーリー運びと、連城三紀彦風の叙述的なサプライズの組み合わせというのは、そのものズバリなスタイルである。

 2~3時間でクリアできるボリュームが好ましく、ストーリーとゲームシステムがちゃんと噛み合っており、推理小説としてモダンなサプライズがある。非常に楽しめるゲームだった。

『赤い糸 輪廻のひみつ』(九把刀/2021)

 台湾映画『あの頃、君を追いかけた』(2011)の監督九把刀(ギデンズ・コー)の最新作。
 ある日雷に打たれて死んだ石考綸は、再び人間として転生するため、恋愛を司る神「月下老人」となり、おなじく不慮の死を遂げた女性ピンキーとペアを組んで、人々の縁結びを手助けすることになる。そして、死んだ時に記憶を失った石考綸は生前を思い出そうとするが――
 主人公石考綸を演じるのは、『あの頃、君を追いかけた』でも主演を務めた柯震東。ダブルヒロインのピンキー、小咪を演じるのはそれぞれ王淨、宋芸樺。

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 韓国映画『神と共に』を100倍くらいロマンティックにしたような話で、『あの頃、君を追いかけた』もそうだけど、この監督、ロマンティスト過ぎるだろう……

 ※ネタバレしています。

 死んだ人間は、生前に積んだ善行の数により転生先の生き物が変わる。バスケットボールの最中、雷に打たれて死んだ石考綸が転生できるのはかたつむりだった。恋愛を司る神「月下老人」(月老)になり、赤い糸を使って人と人を結び付けることができれば、善行の数が増やせるという。他の死者たちと共に月老を目指すことにした石考綸は、おなじく落ちこぼれの女性ピンキーと共に、辛くも月老の試験に合格する。
 月老となった石考綸とピンキーは次々と恋愛を成就させていく。そんな中、石考綸は犬の阿魯とその飼い主の小咪に出会い、生前の記憶を取り戻す。石考綸は小学生の頃、小咪に一目惚れし、それ以来10年以上の彼女にプロポーズを続けていたのだった。意地っ張りな小咪は、始めは石考綸と距離を置いていたが、次第にその人柄に惹かれ、大学生になって付き合うようになった。その矢先、石考綸が事故死したのだった。月下老人たちは小咪へ新しい縁をもたらそうと試みるが、どんな相手と赤い糸をつなごうとしても、糸はすぐに綻んでしまう。1万本の赤い糸を試しても、あの五月天の阿信とつなごうとしても、だめなのだ。
 一方、あの世で閉じこめられていた鬼頭成が怨霊となって現世に現れる。彼は500年前に自分を謀殺した人間たちを転生先まで追ってきたのだった――

 死んだ人間があの世の使いとなって人助けをするさまをコミカルに描きつつ、怨霊とバトルをして……という見た目は『神と共に』を思い起こさせる。が、本作はそれを甘々なストーリーに振り切ったような感じだ。小学生の頃から一途に小咪を思う石考綸とか、そんな彼にツンデレな態度を取りつついなくなると途端に打ちひしがれてしまう小咪とか、そもそも二人は前世からの恋人同士だったとか、観ていて少し恥ずかしくなるような展開を、まったくてらいなくスクリーンに映してみせる。
 では甘々なだけの映画かというとそういうわけでもなく、月老としての活動をBABY METALの楽曲に載せてポップに描く場面とか、地下井戸に閉じこめられた石考綸とピンキーをなぜだか貞子と俊雄が応援する場面とか、犬が可愛いとか、とにかく監督のやりたいことを全部詰め込んだような感じで、スクリーンが常にエネルギッシュだなと思った。スタッフロールにもキャストやスタッフがペットと映る写真が流れ、サービス精神旺盛というか、犬愛がすごい(ペット飼ってないと製作に参加できないのかとすら思う)。
 一方、バイクの排気筒とセックスする場面とか、小咪がトイレしようとすると便器の中から石考綸が顔を出す場面とか、ちょっと引くほどシモい場面があるのも、九把刀らしいというかなんというか……
 全体としてコッテコテなラブコメでありつつ、やりたいこと全部乗せで、エネルギッシュな映画だと思いました。

 

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『エレファントヘッド』(白井智之/2023)

 アフリカゾウは脳内に百十億個のニューロンをもつことで、四千キロから七千キロの巨体を動かしている。人類はより小さなからだであるにも関わらず、アフリカゾウを上回る百十五億個のニューロンをもっているという。つまり、人類の脳にはまだ余力があるのだ――
 白井智之は日本の小説家。2014年に横溝正史ミステリ大賞の最終候補から『人間の顔は食べづらい』でデビュー。2023年、『名探偵のいけにえ』が本格ミステリ大賞を受賞した。

 圧縮された展開、過剰な情報量、異様な悪趣味、にも関わらずきちんと推理小説として舞台立てていて、すごい。このはちゃめちゃなシチュエーションを推理小説へと転移させる手腕自体が読みどころなので、「これから読むぞ」という方は是非ネタバレなしをお勧めしたい。一方、残虐描写や性的暴行場面が全編に渡り繰り広げられるため、そういうのが苦手な人は手に取らない方がよいかも……(以下の感想は大いにネタバレしています)

 夢沢文哉は神々精(かがじょう)医科大学付属病院の精神科へ入院している患者だ。ある日、院内で知り合った高校生彩夏が突如路上で爆散するところを目撃する。これは現実か、妄想か……?
 精神科医象山晴太は、女優である妻季々、大学生で音楽ユニットの覆面ボーカルとして活躍中の長女舞冬、そして、次女の彩夏を家族にもち、平穏な日々を送っていた。彼は幸福な家庭に満足しつつ、それが破壊されることを極度に恐れていた。ある日、象山は舞冬を付け狙う芸能記者らしき存在を発見する。警察の伝手を使い記者の元へ辿り着くと、象山はその記者を殺害した。
 象山は記者の死体を亡父の廃屋敷へと隠した。屋敷には象山の性奴隷「ぺぺ子」が監禁されていた。象山は家庭を壊さないよう性処理を外で済ませていたのだった。象山は言いなりの同僚医師に記者の死体遺棄を指示する。帰り道、象山は偶然知り合ったすきっ歯の若い男を買い、ホテルへ連れ込んだ。そのホテルで、象山は旧知の売人から新しいドラッグ「シスマ」を買った。
 長女舞冬が恋人を家に連れて来ることになった。が、その恋人は象山はが買ったすきっ歯の男だった。男性買春が発覚し、家族の中で立場を失ってしまう。思い余った象山は現実逃避のため「シスマ」を自分へ注射した。その後、象山は時間を遡行したのと同時に、自分の意識が二つに分裂したことを知る――

 とにかく展開が目まぐるしい。
 相手が精神病患者だと思わせて実は自分の方が患者だったとか、主人公が実は自分の利益のためなら殺人も辞さないサイコパスだったとか、多元宇宙化して成功している自分と失敗している自分が登場するとか、かつてなら一作品のメインに使われるようなネタが章ごとに繰り出される。
 本作の推理小説としての最大の特徴は、「並行世界の自分が人を殺すと全並行世界の同一人物がおなじ死因で死ぬ」という特殊設定の導入により、「どの並行世界の自分が殺人を犯したのか?」という「犯人当て」(容疑者は全員自分)のオリジナリティ溢れるシチュエーションを作り出したことだろう。多重人格も並行世界も類例は多数あるが、並行世界の主人公たちが夢の中でのみ一堂に会するので推理合戦が成立する、というのが秀逸なアイディアだ。
 ちなみに、人格が分裂すると波動関数が収縮して並行世界が現れ時間も遡行する、という作中の説明は何度読んでもさっぱり分からないのだが、それでもなんとなく納得して読み進められてしまうのは、小林泰三の「酔歩する男」(『玩具修理者』(1996)所収)が前提知識となっているからでなかろうか(『エレファントヘッド』を読む人はだいたい「酔歩する男」も読んでいるという)。
 推理合戦(いわゆる多重推理)の内容も凝っており、「並行世界間で矛盾した死因で同時に死ぬと、他の世界では矛盾を解決するために爆散する」という推理は(相当強引ではあるが)唸った。しかもこれが捨て推理なのだ。
 一方、序盤からどうかと思うような世界観描写が連発される。例えば、長女舞冬の音楽ユニットがTVドラマのタイアップになる場面。

 ドラマは『殺人メシ』というタイトルで、一家皆殺しが十八番のシリアルキラーが殺人現場の冷蔵庫で見つけた有り合わせの食材からあっと驚く手料理を作り上げる新感覚のグルメストーリーだという。

 そんなドラマがあるかい! と思うが、こういうインパクトのあるフレーズがちゃんとあとで推理小説としての手掛かりになってくるのが、悔しい。

 個人的に、前作『名探偵のいけにえ』は、南米ガイアナを舞台に実在の「人民寺院事件」を取り扱っており、お話として劇的に描こうと思えばいくらでも描ける素材であったと思うが、それらはすべて多重推理を成立させるためのみに使われ(もちろん、その意図は十分に理解するが)、その他いくつか気になった点もあり、「頭の中で作った」ような印象であった(嫌ですね、こういうの。かつての新本格批判みたいで)。
 本作『エレファントヘッド』はまさしく「頭の中」を舞台としており、俄然白井智之のよさが発揮されていて、いい舞台設定をもってきたなと感じた。推理のツイストも悪趣味描写もアクセルを効かせまくっており、とても面白かったです。

 

『破果』(ク・ビョンモ/2013)

 65歳の女殺し屋を主人公にした異色の小説。仕事上のあるミスをきっかけとして、主人公爪角(チョガク)の周囲で不穏な事態が起こり始める。彼女は老いを自覚すると共に、殺し屋になった自身の半生を思い返すのだった――
 著者のク・ビョンモは1976年ソウル生まれの韓国人作家。2008年にデビューし、邦訳は本作で2作目となる。

 本作の読ませどころであり、かつ特徴になっているのは、「殺し屋社会」と「練り込まれた文体」だろう。

 まず一つ目の「殺し屋社会」だけれども、本作の舞台は高度な殺し屋社会が発達している現代韓国である。主人公は暗殺専門の事務所に所属している殺し屋。事務所は比較的手広くやっているらしく、殺しの依頼は次々と舞い込んでくる。主人公を含む殺し屋たちは案件の中から報酬や難易度によってやりたい仕事を選んでいる。主人公が日常生活を送りながら、殺しの仕事をルーティーンとして(しかし、それなりにやりがいをもって)こなしていくさまが、独特の味わいがあって面白い。
 都市に溶け込む殺し屋社会を描いた作品としては、最近だと映画『ジョン・ウィック』(2014)や『ベイビーわるきゅーれ』(2021)が思い起こされる。死体の後片付けをする「掃除のプロ」が登場する点も通じるところがある(殺し屋が掃除のプロに文句を言われるくだりとかも)。
 いくらなんでも現代韓国で暗殺がそんなに横行しているとも思えず、前述の映画作品と同様、これは殺し屋ワンダーランドの物語なのだろう。

 二つ目の「練り込まれた文体」について、まず本作全体がドライで、それでいて比喩を多用した装飾的な文章で綴られるのが印象的だ。また、現在の場面は基本的にすべて時制が現在形で統一されているのも、緊張感を高める効果をもっている(過去形は回想シーンでのみ使われる。原文でどのような時制になっているか(そもそも韓国語の時制がどのようになっているか)は分からないのだが)。
 いくつか例を挙げる。
 例えば、暗殺のターゲットについての描写(彼らは暗殺のことを「防疫」と呼んでいる)。

 大部分の防疫はこんな風だ。誰が、なぜそれを望んだのかは訊かない。誰かが、なぜ誰かの駆除すべき害虫、退治すべきネズミの子になったのかは説明しない。長い時間をかけてゆっくりと、あるいはある日突然に、人が虫になることについて、カフカ的な分析を必要としない。

 次は、決闘のために昔の拳銃を引っ張り出す場面。

古いといっても買って一五年は経っていないはずで、密封状態にしていたから不発弾が出る可能性は大きくないはずだが、そう思った瞬間、些細な欠格事由がすべて、言うことをきいてくれない自分の身体と同じように不安になる。いくら構造が堅牢で成分が単純明快だとしても、人間の魂を含め、自然に摩耗しないものなどこの世にはない。

 好き好きはあろうが、個人的には印象的な連なりのフレーズだけで十分に楽しめる作品だった。

 また、訳者あとがきでも触れられている通り、映像化の誘惑にも駆られる作品である。主人公爪角役は、韓国ではイェ・スジョンが筆頭に上がっているそうだ。映画『神と共に』のお母さん役か! 確かにハマりそうである。

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『鵼の碑』(京極夏彦/2023)

 人気推理小説百鬼夜行京極堂)シリーズ」の17年ぶりの最新作。昭和20年代の関東地方を舞台に、小説家の関口巽、探偵の榎木津礼二郎、刑事の木場修太郎、そして古本屋の京極堂こと中禅寺秋彦らおなじみの面々が、妖怪「鵼(ぬえ)」にまつわる怪事件へ巻き込まれる。

 京極夏彦について触れるのは最初で最後になるかもしれないので、自分にとっての「百鬼夜行シリーズ」の位置づけから書こうかと思います。
 自分にとって(そして、同年代の少なからぬ推理小説ファンにとって)、『姑獲鳥の夏』(1994)からで始まる「百鬼夜行シリーズ」は非常に思い出深く、鮮烈な印象をもったシリーズでした。妖怪で統一されたタイトルとジャケ写、衒学趣味とその結果として分厚い書籍、個性的なキャラクターたち、そしてなんといっても、絶対に現実と思えないような出来事が綺麗に解き明かされる解決編。当時は画期的にスタイリッシュでした(ノベルス版のカバー袖にあしらわれた意味ありげな一文と写真もビンビン来てました、当時は)。
 その頃、推理小説界(の一部)では島田荘司という作家が、「本格ミステリー宣言」というのを唱えていました。幻想的な出来事や謎を提示したうえで、現実的なロジックで解体するような推理小説を「本格ミステリー」銘打ち、社会派推理小説が主流だった推理小説界にとってそういった作品はブルーオーシャンだし、是非書かれるべきだとしていました。島田自身も宣言に則り、『奇想、天を動かす』(1989)や『暗闇坂の人喰いの木』(1990)といった実作をものにしました。この「本格ミステリー」の作例として恐らく唯一島田荘司本人を超えたのが京極夏彦であり、第二作『魍魎の匣』(1995)でした。『魍魎の匣』をオールタイムベストに挙げる推理小説ファンも少なくないと思います。第五作『絡新婦の理』(1996)も、概念的でありながら緻密な犯罪計画が、恐らく後続作品へ多大な影響を与えました……まあ、この辺は自分のミステリ史観なので、話半分で聞いておいてください。
 一方、その後、京極夏彦はどちらかといえばスピンオフや時代小説、ホラー小説へ軸足を移し、「百鬼夜行シリーズ」本編は2006年の『邪魅の雫』からぷっつりと途切れていました。自分も京極の本はほとんど手に取ることがなくなっていました。『邪魅の雫』カバー袖で予告だけされていた『鵼の碑』はもう出版されないのだろうなと勝手に思っていましたが、2023年7月に突然出版が告知され、非常にびっくりしました。90年代推理小説でいうと、綾辻行人の「館シリーズ」最終巻『双子館の殺人』も執筆が始まっているし、昔好きだったシリーズの続編が書かれるのは素直に嬉しいです。あとは法月綸太郎の『三の悲劇』が出版されれば……(それはない)

 さて、ようやく本作『鵼の碑』の話です。

 ※ネタバレしています。

 全体として、語り手が異なる蛇、虎、狸、猿、鵺と題された五つのパートと、京極堂による憑き物落としが行われる最終章「鵼」で構成されています。
「蛇」は、若き戯曲家の久住が、日光のホテルでメイドから過去に人を殺したことがあると告白され、煩悶します。久住は偶然知り合った小説家関口に相談をします。
「虎」は、薬剤師御厨が失踪した店主の行方を探すため、薔薇十字探偵社を訪れます。主である榎木津はおらず、助手の益田が捜査を開始し、店主が消息を絶った日光へ向かいます。
「貍」は、刑事木場が先輩の退職祝いの場で戦前に起きた死体消失事件を知り、謎を追うため、日光を訪れます。
「猨」は、日光輪王寺の僧築山が、「京極堂」こと中禅寺秋彦と蔵書の整理をする傍ら、ある男の妄執に引き込まれていきます。
「鵺」は、医師緑川が、亡くなった大叔父が日光で開いていた診療所を訪ね、遺品を整理する過程で、大叔父が軍部に関わる謎めいた活動をしていたことに気づきます。

 昭和29年を舞台にしつつも、放射能に関する陰謀論がメインストーリーであることから、東日本大震災を踏まえていることは明らかで、陰謀論と「鵼」という妖怪を重ね合わせる手つきはさすがです。2007年の時点でタイトルを予告していたころから作品の方向性は既にある程度定まっていたと思われますが、どうやって東日本大震災的なところに合流したのか不思議です。*1
 一つ一つのエピソードは大きな謎があるわけでないのに、別々の人物視点での出来事がわずかに重なり合わないことがあると、神の視点である読者にとっては「謎」になるという構えも、ダイレクトに発明ではないと思いますが、意識的に使っているのもなかなか。

 一方、ネガティブな評価として、読み始めは、「あれ、こんなに事件が起きないまま話が進むんだっけ……?」と困惑していました。推理小説的イベントがなにも起こらないまま視点人物だけが次々と変わっていくのは、ちょっと辛いところがありました。ようやく木場のパートで「警察が現場検証しているさなかに死体が持ち去られたが、その事件を警察は隠蔽した」という謎が登場し、ページをめくる気が起きてきました。確かに「百鬼夜行シリーズ」は登場人物たちが雑談をしているようなところから徐々に複雑な事件に巻き込まれていくという筋立てが少なくありませんが、とはいえだいたい第一章でなにかしら事件が起きていたような(『姑獲鳥の夏』とかも別に第一章で事件が起きてないじゃんと言われればそうなんですが)。
 また、言ってもせんなきことではありますが、このクラスの出版社のメジャータイトルしては誤字が多かったのも……全編三人称で描かれますが、久住パートは「私は」と書いてある箇所が複数ありました。草稿段階では久住パートだけ一人称だったのでしょうか。過去作で人称を使った仕掛けもあったのですが、これは明らかに置換漏れだなと思いました(自分はKindle版で読みました)。

 いろいろ言ってますが、シリーズの予告されていた新作が読めたという点では普通に嬉しかったです。

*1:と思っていたら、インタビューによると何度か書き直しているそう。
「順調にいけば『邪魅』から3年か4年で出せる進行だったんです。それが過労で倒れたり賞をいただいたりして少しズレて、東日本大震災でさらにズレちゃった。そしたら『水木しげる漫画大全集』の監修というとんでもない大仕事を引き受けることになり、それが丸々6年。日本推理作家協会代表理事の任期が4年。合わせて17年ですね。(中略)過去に何度か書いてるんですが、全部捨てて。昨年から新規で書き出したものの、本腰を入れたのは代表理事を退任して、諸々の引き継ぎを終えた5月以降です。結局トータルで3カ月くらい。」
京極夏彦特集】作家デビュー30周年記念! これまでと今、そして「百鬼夜行」シリーズ17年ぶりの新作長編について語る<ロングインタビュー> | ダ・ヴィンチWeb
https://ddnavi.com/interview/1175766/a/

シンガポール旅行2023年(4)チャンギ国際空港

チャンギ国際空港

 帰国日。飛行機が午前11時で、3時間半前くらいには空港に着いていようと、まだ暗い内にホテルをチェックアウト(シンガポールの夜明けは7時過ぎ)。スーツケースを転がしラベンダー駅からEast West線でタナ・メラ駅へ。空港へ行く支線に乗り換える。おなじホームで乗り換えができて便利。

 チャンギ・エアポート駅。

 チャンギ国際空港は4つのターミナルと2019年にできた「ジュエル」という商業施設で構成されている。まずはそのジュエルへ移動するのだが、MRTの駅から徒歩で10分くらいかかる。
 ジュエルは中央に「フォレストバレー」という森林を再現したエリアがあり、その周囲を円形に商業施設が囲んでいる。地上五階、地下二階建て。フォレストバレーの中をターミナル間移動に使われるスカイトレインが通り抜ける。本当は中央に巨大な滝があるのだが、朝のため流れておらず。

 ジュエルの一階にあるジュエルラウンジへ。プライオリティパスで入場できる出国前エリアにあるラウンジ。搭乗券の提示を求められたが、まだ発券をしておらず、代わりに印刷していたeチケットお客様控えを見せたら、OKだった。よかった。

 入場時に食事が一回無料で注文できるチケットを渡される。注文できる料理はラクサなど。あまり時間が読めなかったこともあり、今回はパスした。

 開場したばかりで客はほとんどいない。

 出国。イミグレ時に保安検査はなく、搭乗口ごとに保安検査を受けるタイプ。

 第1ターミナルのSATSプレミアムラウンジへ。こちらもプライオリティパスで入場できる。

 それなりに客は入っているが、座れないというほどでもない。

 ホットミールとタイガービールをいただく。

 本当はこのあとマルハバラウンジという別のラウンジにもはしごしようと計画していたが、まあゆっくりしようかとSATSプレミアムラウンジに最後まで滞在する。
 一番端のゲートへ移動して飛行機へ搭乗。

 

 シンガポールは初めて訪れたけれども、トイレは綺麗だし、繁華街を歩いていてもほぼ声をかけられることがないなど治安もいいと思う。道路は歩行者優先が結構徹底している。公共交通機関も発達している(特に路線バスを使いこなせれば移動にまったく不便がないけど、使いこなすということ自体を面倒に感じる人もいるでしょうな)。英語は……ちょっと必要かも。韓国や台湾のようにお店の人が多少の日本語でコミュニケーションを取ってくれるようなケースは皆無。まあ、普通に旅行するだけならyesとかnoとかoneとかtwoとか言ってれば大丈夫だと思う。
 一方、多民族国家なので、日本人が行くと結構強烈に異国感を覚えるかも。少し踏み込めばホーカーセンターのようにローカル感満載の場所もあり、そういうところはならでは。
 気候は、やっぱり蒸し暑い。シンガポールを訪れた日本人が必ずといっていいほど気候に言及する理由がちょっと分かった。言っても最近の日本より気温自体は低いでしょ、と甘く考えていたけれども、湿度が高いせいか、日陰に入ったり夜になったりしても暑さが収まらない。

 シンガポールは、戦場である。焼けた鉄叉のうえに、雑多な人間の膏が、じりじりと焦げちゞれているような場所だ。(中略)かれらは、みな生きるために、炎暑や熱病とたゝかう。はるかにのぞむと、赫々とした赤雲のような街だ。(『マレー蘭印紀行』)

 

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シンガポール旅行2023年(3)リバーワンダー、シンガポール国立博物館、リトルインディア

ブギス

 朝ごはんを食べにMRTでラベンダーの隣駅にあたるブギスへ移動する。日本で旅程を計画している時は徒歩10分ちょっとくらいに見えるから歩いて行こうと考えていたが、現地の蒸し暑さとバスの便利さを知ってしまった今はバス移動一択である。
 ブギスストリートという雑然としたアーケード街を通り抜ける。

 団地の集会所のようなところ。

 その角をふっと曲がると、休日の朝から賑わっているホーカーセンターが現れる。

 ブキット・プルメイ・ローミーという店でローミーを頼む。

 ローミーはあんかけ麺。あんの粘度が高く混ぜ混ぜして食べる感じ。味付け玉子に鶏肉、チャーシュー、ミートボールと具沢山で、にんにくのすりおろしがジャンキーな味わいも出している。ミートボールと思って食べるとかりっとした歯ごたえで、意外性もあり。

 ホーカーセンターでは食べ終わったトレイを下げる台が置いてあり、だいたい掃除をする人が貼り付いている。食べ終わってもトレイを下げずだらだら喋っていてもよくて、その辺は自由な感じだ。シンガポールでは街を歩くと必ずホーカーセンターにぶつかる。すごい。

リバーワンダー

 ブギスからMRTでカーディブ駅へ。ここからリバーワンダーという河川をテーマにした水族館へ向かう。リバーワンダーは、他にシンガポール動物園、ナイトサファリ、バードパラダイスという自然系テーマパークが集まった「マンダイ・ワイルドライフリザーブ」というエリアにある。
 カーディブ駅前でシャトルバスへ乗り込む。1ドルなり。お金取る必要あるのかなと思うが、地元民のついで乗りを防ぐためかもしれない。休日のせいかキッズが多数で車内は賑やか。所要20分程度。

 リバーワンダーへ到着。チケットはウェブからしか申し込めず、園内にチケット売り場の類はいっさいない。この辺りも労働生産性の高さにつながりそうだ。

 アマゾン川など六つの河川ごとに園内のエリアが別れている。

 このパーク、半屋外みたいな建屋で、悪くはないのだけれども、自然光と、あと水槽周りのエンタテインメント的なごちゃごちゃした飾りつけもあり、写真が非常に取りづらい(水族館ってそもそも写真を撮るための場所でないと言われたらその通りですが)。

 長江のチョウザメ

 パンダ。

 アマゾンの猿や鳥が放し飼いにされているエリア。

 鳥。

 目玉のアマゾン浸水林。アマゾン川は雨季と乾季で水位が大きく変わり、雨季は10メートルほども水位が上がるそうだ。それで林が水面下になってしまったのを再現している水槽。

 マナティーが泳いでいる。時々ヒレで頭をかくような仕草をしており、マナティーが魚類でなく哺乳類だということを感じさせる。

 眺めているとマナティーがうんこをしていた。水面に浮いていた草みたいなの、マナティーのうんこだったのか。生き物だから別にうんこしていいのだが。

 リバーワンダー、期待して訪れたのだが、あくまで個人的にはだけど、そこまでぐっとは来なかった。河川をテーマにした水族館だと、岐阜県にあるアクア・トトぎふの方が地元長良川に立脚した実直な展示で好みかも。リバーワンダーはやや総花的な嫌いがある。一方、展示はボリューミーだし、あと、まあまあ辺鄙なところに所在しているにも関わらず交通機関を整えて気軽に訪問できるようにしているのは素直に偉いと思う。

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 帰りもシャトルバスでカーディブ駅へ。1ドルのはずだがお代はいらないと運転手が言う。よく見ると、本来運転席の左わきに設置されるはずのEZリンクカードをタッチする機械自体がない。推測するに、繁忙期なので機械のない車体も臨時調達しているのでないか。

 昼ごはんは肉骨茶(バクテー)を食べる予定だったのだが、朝のローミーが結構ボリューミーだったせいかそこまでおなかぺこぺこでない。計画を変えてチョンバルにあるホーカーセンターへ行ってみよう。Googleマップで調べると、North South線をオーチャードで降りて、そこからバスで行けるらしい。

チョンバルマーケット

 オーチャードでバスを待つ図。主要なバス停には電光掲示板で何番のバスが何分後に来るか表示され、とても便利。

 チョンバルマーケットへ。

 二階にあるホーカーセンターが広々していて、地元民で賑わっていて、とてもいい雰囲気!

 地元民が行列を作っている店がいいはずなので、物色する。その前に喉が渇いたので飲み物だ。そう、落ち着こう。まだあわてるような時間じゃない。
 行列のあった店でレモン入りのサトウキビジュースを頼む。

 注文すると店の奥でおばちゃんがさとうきびを粉砕し始める。フレッシュだ。生き返る~。

 ごはんは李鴻記廣東焼臘でチャーシューライス。

 甘いタレがかかっており、もちろん美味しい。セルフコーナーで調達したチリソースを混ぜると味が締まる。ホーカー飯最高だな。

 ホテルへ戻って休憩。

シンガポール国立博物館

 夕方は、シンガポール国立博物館

 チケットの種類が複数ある。常設展のみは15シンガポールドル
 シンガポールの通史を扱っており、植民地以前、イギリス植民地時代、日本占領下、戦後、という構成になっている。
 シンガポールはイギリス植民地時代に国際自由貿易港として発達し、中国人やインド人が多く流入した。

 1942年に日本軍がマレー半島を侵攻し、シンガポールも占領。昭南島と名を変えられる。ちなみに、日本軍がマレー半島のジャングルを進軍する際に使った自転車、通称銀輪部隊も展示されていた。

 戦後、マレー半島全体がイギリスから独立しマラヤ連邦が誕生するも、半島側との政治的対立からシンガポールは国家として分離。具体的にどういう対立があったのか興味があったのだけれども、あまり詳しく説明されていなかった(読み飛ばしてしまっていたらごめん)。

 独立したシンガポールにとって最重要の課題は高い失業率。それを解消するために工業化を進めた。また、住居不足も深刻な課題だった。住宅開発庁(Housing & Development Board = "HDB")は1970年代からHDBフラットと呼ばれる団地を大量供給した。また、HDBは生活の質を上げるため、フラットに店舗や学校、ホーカーセンターも併設するよう取り組んだ。なるほど、団地の一階に必ずといっていいほどホーカーセンターがあるのは政府の施策だったのか。

 また、シンガポールは歴史の浅い多民族国家のため、国としてのアイデンティティを作っていくのにも腐心したとのこと。ここは考えさせられた。今回自分が訪れたガーデンズ・バイ・ザ・ベイもリバーワンダーも風土や歴史に根ざしたというよりは半ば強引に据え付けた名所という感が否めないと思うが、むしろそのようにせざるを得なかったシンガポールの苦渋を評価するべきなのかもしれない。

リトル・インディア

 博物館を出て、バスでリトル・インディアへ。

 有名なショッピングビル、テッカセンターは改装中だった。

 もちろん、行き交う人はインド系が多い。

 リトル・インディアのドンキとも言われるムスタファセンター。

 でけー。

 スパイスの棚などを見る。コリアンダーパウダーが100gで100円くらいなので、やはり日本より安い。

 しかし、この建物、めちゃくちゃ奥行きがあって、どこまで進んでも終わりがないなと思っていたが、

 二つの建物が空中廊下でつながっていたんですね。大阪の船場センタービル方式か。

 晩ごはんはリトル・インディアの端の方にあるMTRシンガポール。インド系の人で行列ができている。

 20分ほど待って着席。

 マサラドーサとマサラティーを注文。
 ドーサは発酵した豆の粉で作ったクレープですね。マサラドーサだと中にスパイス風味のじゃがいもが入っている。添えられているのはチャツネというタレ。緑色がココナッツ風味で、赤いのが普通に辛い。

 もちろん、美味しいのだが、シンガポールで食べた他のごはんに比べ、東京で食べるのとそこまで差はない。東京のインド料理店のレベルがやたら高いのかもしれん。
 マサラティーが配膳される時、店員が「砂糖はこれね」と卓上にあった砂糖壺を示した。ということは甘くないのかなと一口すすると確かに甘くない。などとやっていると隣席のインド系夫婦が、「砂糖入れないと!」ってわざわざ話しかけてくれた。砂糖壺にスプーンがないので、自分のティースプーンでかき混ぜてしまったらそれ以上砂糖が追加ができない。さて、何杯入れるべきかと悩み二杯入れる。隣の夫婦もマサラティーを頼んでおり、奥様の方は五杯くらい砂糖を入れていた。なるほど、そういう感じね……!

 

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