ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『邪悪催眠師』(周浩暉/2013)

 不可解な事件が起こった。ある者はでゾンビのように人へ噛みつき、またある者は鳩のようにビルから飛び立って死ぬ。やがてインターネットに流される予告。「私は世界一の催眠師であり、君たちの生死を操れる」。この邪悪な催眠術師に立ち向かうのは、龍州市刑事隊長の羅飛。二人の対決はやがて巨大な陰謀を明らかにする――
 著者の周浩暉は中国江蘇省出身。2020年に、おなじ羅飛シリーズの『死亡通知書 暗黒者』(2008)が初めて邦訳出版された。本作『邪悪催眠師』はその前日譚にあたる。

邪悪催眠師 (ハーパーBOOKS)

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  • 作者:周 浩暉
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『死亡通知書 暗黒者』同様、エンタテインメントに全振りしたミステリで、とても面白いです。

 ※ネタバレしています。

 中国・龍州市の刑事隊長羅飛(ルオ・フェイ)は、男が突然通行人の顔を食いちぎったり、また別の男がビルの屋上から鳩のように飛び立って落下死するなど不可解な事件に遭遇する。やがて「世界一の催眠師」を名乗る人物がインターネット上で犯行声明を投稿し、龍州市で行われる催眠師大会に参加すると予告した。
 催眠師大会の主催者である凌明鼎(リン・ミンディン)を訪問した羅飛は催眠術の驚異的な力を目の当たりにする。そして、人の生死すら操つる実力のある三人の催眠術師を教えてもらい、部下に尾行させるも逆に催眠術によって返り討ちに遭う。
 催眠師大会の当日、凌明鼎は催眠術の失敗によって自身の妻を死に至らしめたことを、三人の催眠術師たちに突き付けられ動揺する。凌明鼎は省都で起きた別の催眠術事件を背景に、妻の死に黒幕がいたと推測する。
 羅飛と凌明鼎は省都で調査を始める。そして、一人の男が捜査線上に浮かび上がるのだった――

 導入部のあらすじが江戸川乱歩みたいで、とてもいい。なんなら本作のタイトル自体も乱歩っぽい。これ、中国人作家が書いているというのがポイントで、日本人が乱歩風を書くとどうしても捻りを入れざるを得ないところを、中国人作家だとドストレートに描けるのがよい(そもそも周浩暉は乱歩を読んだことがないのでないか?)。
 ちなみに、本作は現代中国が舞台であるが、

 かつて愛する息子を殺した者が、その子の首を切って手にぶら下げていたことがある。またある者が薬物接種後に自分の胸や腹を切り開いてみせ、内臓をつかみだして目の前の警察官に投げつけたこともある……この道二十年以上のベテラン捜査官である羅飛は、こういった異常な事件にはとっくに慣れっこだった。

 と猟奇事件が頻発しており、これは現代中国をモチーフにしたミステリ・ワンダーランドの出来事であると分かる(このようなワンダーランドはもちろん日本にもある)。

 一方中盤の展開はスピーディーかつツイストが効いており今風で、ジェフリー・ディーヴァーのようだ(常にディーヴァーを持ち出して申しわけないが)。乱歩+ディーヴァーなんて面白くないわけがないでしょう。

 催眠術師が犯罪を引き起こすというとなんでもありになってしまいそうなところを、中国原題にある「心穴」という考え方――要するに、人間の誰しもがもっている心の弱点を探り当てることで初めて催眠術が効果を発揮する、という縛りをかけているのもうまい。
 真犯人の狙いである「爆破療法」、つまり、犯罪者に催眠をかけ更生すればよし、再犯の可能性ありの場合は別の犯罪者を襲わせ一掃する、を中国全土に仕掛けるという異常にスケールの大きい計画は、ちょっと他に類を見ない。

 白亜星が窓の外の中庭を指さしながら、最初の問題に話を戻す。「ここはどこで、彼らは何で、彼らはどこに行けばいい?」
 羅飛はさっきの答えを繰り返した。「ここは拘置所で、彼らは被疑者で、彼らが行くべきところは刑務所だ」
「違う!」白亜星が羅飛のほうを猛然と見て、一言ずつはっきりと言った。「ここはゴミの集積場で、彼らは全員ゴミで、彼らが行くべきところはゴミの埋め立て地だ!」

 他の作品では違うのかもしれないが、羅飛シリーズを読む限り、周浩暉の持ち味は「超すごい刑事と超すごい犯罪者がバチバチにやり合う」、「展開がスピーディー」、「情熱的」といった感じで、荒唐無稽さを恐れずパワフルに読者を引っ張る。なんというか、探偵小説の原初の面白さ、みたいなものがある。

 最期に、本作そのものの欠点ではないのだが、本作は『死亡通知書』シリーズ三部作が好評だったため書かれた、羅飛ものの前日譚(『邪悪催眠師』シリーズ三部作)という位置づけである。ただ、『死亡通知書』がまだ第一部しか邦訳されていない状態なので、先にそちらを出版してほしいという気持ちがなくもない。『スター・ウォーズ』に例えるなら、『エピソード4/新たなる希望』のあと、『帝国の逆襲』、『ジェダイの帰還』の前に『エピソード1/ファントム・メナス』が公開されるようなものだ。いろいろな出版社が関わっているので難しいのかもしれないが。

 

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