ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『死亡通知書 暗黒者』(周浩暉/2008)

 復讐の女神「エウメニデス」を名乗る者から、罪を犯しながらも逃げおおせた人間たちへ「死亡通知書」が送られた。そして、その予告通りに殺人が行われていく。あるいは衆人環視の下、あるいは人知れず、不可能とも思われるような犯行を「エウメニデス」は次々と成し遂げる。精鋭が集められた警察専従班は「エウメニデス」を追いつめることができるのか!?
 著者の周浩暉は中国江蘇省出身。2005年、本作に連なる羅飛シリーズの第一長編『凶画』で出版デビュー。本作を含む「暗黒者」三部作は中国でベストセラーとなり、ネットドラマ化もされた。『死亡通知書 暗黒者』が初の邦訳作品である。

死亡通知書 暗黒者 (ハヤカワ・ミステリ)

死亡通知書 暗黒者 (ハヤカワ・ミステリ)

 

 エンタテイメントに全振りしたミステリで素晴らしく面白かった。

 ※ネタバレしています。

 十八年前のある事件を再調査していた省都のベテラン刑事鄭郝明が殺害される。第一発見者である龍州市の刑事羅飛はたちまち鋭敏な観察力を発揮し、省都警察をあっと言わせる。羅飛は、鄭郝明を殺害したのは、省都警察でも機密扱いとなっている十八年前の〈四一八〉事件の犯人「エウメニデス」だ、と指摘する。この連続殺人事件を解決するため、羅飛と共にエリート刑事隊長韓灝、屈強な熊原、犯罪心理の専門家慕剣雲、技術に秀でた會日華が集められる。會日華の力で、鄭郝明のデジタルカメラの削除された画像から「エウメニデス」の隠れ家を突き止めるも、それは「エウメニデス」の術中に過ぎず、そこで彼らは新たな「死亡通知書」を受け取るのだった――

 という具合で、進行はスピーディー、目まぐるしくストーリーが展開していく。各場面もいちいちハッタリが効いていてよい。文章もダサさとすれすれのけれんがあり、例えば、美貌の犯罪心理専門家慕剣雲が登場する場面。

「これだけ重要な場なら、規律を最優先にするものだろう」屈強な男はいくらか不満をにじませ、韓灝に目をやって声を高くした。「内部で足並みが揃わなくて、敵に立ち向かえると思うか」
「三分待つ」韓灝はもう一度答える。その声は大きくはなかったが、異論を挟ませない頑なさと威厳を放っていた。屈強な男は目を伏せ、それ以上なにも言わない。
 そこに、部屋の外から声が聞こえた。「待たなくていいわ――ここにもういるから」

 今日日、美貌の犯罪心理専門家が、こんな登場します? という感じで、笑いつつも楽しんでしまう。このあと、慕剣雲が専従班メンバーの性格を一目で喝破していく場面もあったりするんですけど、完全にキャサリン・ダンスですよね……*1

 犯人によるトリックがいくつかあるのだけど、これがまた怪人二十面相かというようにシンプルで分かりやすいもので。第二の被害者韓小紅を殺害するための「おなじ格好をした奴を広場に数十名集めて警察を混乱させた上で、全然別の格好をした真犯人があっさり標的殺害」とかね。あと、犯人がいたと思しきホテルの部屋へ突入すると、警察が捕まえられていなかった凶悪犯罪者たち十二名の死体の一部が発見されるとかね。どうやって「エウメニデス」が犯罪者たちを捕まえたのかは全然明かされないのだけれども、それも味である。

 あとは、刑事たちが存外に素直で情熱的であり、あまり捻くれたところがないというのも、かえって新鮮。例えば、刑事隊長韓灝が大失敗した直後の場面。日本の警察小説だったら(横山秀夫とかさ)、偉い人やライバルからねちっこく因縁つけられるだろうところが、

 宋局長は韓灝の前に歩いていくと、その目をきつく見すえ、一言一句に固い意思をこめて言う。「きみはまだ〈四一八〉専従班の指揮官だ、忘れるなよ! やつとの戦いはまだ始まったばかりなんだ!」
 韓灝の身体が震える。迷いが断ちきられたようだった。両眼が光を持ち、輝きだす――怒りと固い決意。それとともに希望のこもった光だった。
 そう、この悪夢を振りきる手だては一つだけ、あいつを打ち負かし、徹底的に叩きつぶすことだ。そう頭に思い浮かべながら、歯を食いしばり、疲労の蓄積した背中をふたたび伸ばす。固く握られた拳にも力がみなぎった。

 とまるでスポーツマンガのように爽やか。

 終盤で「エウメニデス」が主人公羅飛に「悪の決断」を迫る場面、これなどは映画『ダークナイト』(クリストファー・ノーラン/2008)のジョーカーを思い起こした(関係ないだろうけど、「倉庫に男女二人が縛られもうすぐ爆弾が爆発するところを主人公が助けようとする」というくだりも少し似ているなと思った)。ラストの「俺たちの戦いはこれからだ!」的幕引きも推理小説ではめったに見ないので印象的。

 スピーディーなストーリー展開に、ディーヴァーだのなんだのの美味しいところを節操なく全部のせ。とにかく読者を飽きさせず楽しませようという心意気に満ち溢れていて、ちょっと感銘を受けてしまいました(個人的には推協賞を受賞した頃の森村誠一を思い出したり)。
 面白かった!

*1:『ウォッチメイカー』(ジェフリー・ディーヴァー)の中文版出版は2006年なので、本作執筆に先立って周浩暉が読んでいた可能性は十分にあり。ちなみに、邦訳よりも早いのですね……
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E5%82%91%E4%BD%9B%E7%91%9E%C2%B7%E8%BF%AA%E4%BD%9B
"《冷月》Cold Moon 皇冠出版社 2006年:ISBN:9789573322795"