ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『友が消えた夏~終わらない探偵物語~』(門前典之/2023)

 志摩の岸壁に立つ洋館が焼け落ちた。内部から大学生グループの首を切られた死体が見つかった。解決済みと思われる事件だったが、被害者がボイスレコーダーへ残した記録を入手した探偵蜘蛛手は、隠された真相を推理する。一方、建設会社に勤める女性がタクシーを装う車に拉致される。二つの事件はどのようにつながるのか――?
 著者の門前典之は日本の推理作家。2001年に『建築屍材』で鮎川哲也賞を受賞しデビュー。寡作であり、メジャーデビューから22年で上梓したのは八作のみ。建築士蜘蛛手啓司が探偵役を務める建築を題材にした推理小説シリーズで知られる。

 門前典之は『浮遊封館』(2008)しか読んだことがないけれど、なにをするか分からないクレイジーなミステリ作家という印象で、本作『友が消えた夏』もミステリとしての精緻さとクレイジーさとB級感が共存した独特の読み味で、個人的には大好き。

 ※ネタバレしています。

 本作は以下の三つのストーリーライン(【過去】「鶴扇閣事件の記録」、【過去】「タクシー拉致事件」、【現在】蜘蛛手の推理パート)と、二つのサブストーリーライン(プロローグ、インタールード)で構成されており、そのすべての仕掛けがあるという、非常に凝った作りになっている。
 まず一つめの【過去】「鶴扇閣事件の記録」を見ていきたい。
 大学生の演劇サークルが三重県の洋館「鶴扇閣」を訪れるも、大雨で外部から孤立し、そしてメンバーが次々と殺されていく。『十角館の殺人』(綾辻行人/1987)や『蛍』(麻耶雄嵩/2004)といったいわゆる「新本格ミステリ」でおなじみのストーリーだ。被害者の一人がテープレコーダーで口述したものを、連続窃盗犯「オクトパスマン」(この設定なに? となりますが……)が文章化し、それを探偵蜘蛛手が読む、という構えになっている。そして、おなじみのようにこの記録には仕掛けがあり、サークルメンバーは男女合わせて六人いるように読めるのだが、実際は五人しかいない、という叙述トリックが仕込まれている。なお、トリックによって生み出された存在しない人物「麻美」だが、描写が明らかに不自然なので(地の文で麻美が主語の文章がない)、気づく人は途中で気づくと思う。
 このトリックでうまいなと思うのは、冒頭の現在パートで、ワトソン役の宮村が蜘蛛手へ次のように語る場面のあるところだ。

六人の男女が館で合宿していて、殺人が起き、館が炎上した。翌朝には四つの白骨死体が発見されている。男女二体ずつだが、首が切断されていて、身元は確定されていない。さらに新たな一体はその後、近くの海底からやはり白骨化した状態で引き上げられている。この一体のみ頭部が残っていて身元はすぐに判明した。それは館が炎上したときに火だるまになって転落した人物で、視認もされている。そしてこの人物こそが、四人を殺し、火を放ち、事故か自殺か分からないけど火に包まれて海に転落したのだろう、と警察は判断しているようなんだ。だけど、蜘蛛さん――」宮村は居住まいを正し、
「残るひとりはどこに消えたんだろうか。なぜ警察はそのひとりを追及しないのか、そこが僕には不思議だ」

(強調引用者)

 ここで「六人の男女」と先行して明言することで、これから記録を読む読者へ先入観をもたせることができる。また、地の文でなく宮村のセリフであることが味噌で、のちに明かされるけれども、宮村自身が「六人の男女」と誤読していたため、この時点で嘘ではない。地味だが効く一手だ。また、後述するがこのセリフでもう一つの仕掛けも施されている。
 サークルメンバーが六人でなく五人だったことから、蜘蛛手は片足が義足だった祐子を犯人と特定する。祐子は途中殺されたことになっているが、これはサークルメンバーを洋館まで送り届けた女性管理人を身代わりの死体に仕立てていたためだった。
 余談になるが、クローズドサークルの洋館、大学生サークル、比較的シンプルな人物トリックと大がかりな叙述トリック、というこれらの構成要素は、某作をある程度意識しているのでないかと推量する。

 次に二つめのストーリーラインである【過去】「タクシー拉致事件」。
 名古屋在住でゼネコンに勤める御厨友子が東京へ出張しようと、朝、家を出て流しのタクシーを捕まえたところ、怪しげな運転手によっていずこかへと連れ去られる。一見、御厨は被害者なのだけれども、以前から彼女の周囲では旅行先に名指しの電話がかかってくる、自室に侵入された跡があるなど不思議な出来事が頻発していた。ただ、それらを回想する御厨の言動自体が不安定で、「信頼できない語り手」にも見える。連城三紀彦作品から美文を抜いたようなテイストとも言えるし、自分はこのパートで『その女アレックス』(ピエール・ルメートル/2011)を想起した。
 御厨の正体は、記憶喪失した鶴扇閣事件の真犯人祐子だった。事件の時点で片足が義足だった祐子は、事件による怪我でもう片方の足も義足になっていた。
 細かいのだが、冒頭の以下の描写が伏線になっている。

 私は汗ばんだパジャマを脱ぎ捨て、タンクトップだけになるとベッドの上で半安座(足を組まない胡坐)の姿勢をとる。そして頭の後ろで両手を組み、胸を反らしながら状態を捻る。毎朝左右五回ずつ行っている自己流のストレッチだ。ヨガでいう鳩のポーズを意識しているのだけれど、私にはとても無理なので、これで妥協している。

 鳩のポーズができないのはからだが固いからと思わせて、実は両足とも義足だったから……ってそんな伏線の張り方、尋常でないでしょ!
 一方、御厨=祐子を拉致したタクシー運転手は、鶴扇閣事件の過程で海へ飛び込み消息を絶っていたサークルメンバー孝裕だった。しかし、孝裕は死体が見つかっていたのでなかったか? ここに仕掛けがある。終盤、鶴扇閣事件は1996年の出来事だが、タクシー拉致事件は2006年と明かされる。冒頭で宮村が語った「海底から見つかった死体の身元が(孝裕と)判明した」のは、1996年でなく、2006年のタクシー拉致事件で御厨に返り討ちに遭っていたあとのことだったのだ(鶴扇閣事件の発生年代がいっこうに言及されないので不自然には感じていたが……)。宮村の発言「その後」のミスリードがなかなかに巧妙である。

 三つめは【現在】蜘蛛手の推理パート。物語の枠構造の外側=安全圏だったと思いきや、御厨の魔の手がワトソン役宮村にも伸びつつあるのが判明したところで物語は幕を閉じる。

 さらにサブストーリーとして「プロローグ」、「インタールード」がある。「プロローグ」は鶴扇閣事件の結末を思わせる場面を描きながら、実は御厨が殺人鬼へと変貌した幼少期の自動車事故を描いていると分かる。「インタールード」は鶴扇閣事件後に御厨が自分の過去を知る人物を殺していたと判明する。

 そして、御厨の殺人の動機が「名前の字画をよくしたいから」と、相変わらず犯罪者の倫理観がぶっ飛んでいるのもの門前典之らしい。

 一方、冒頭のやけに細かい町屋駅前描写いる? とか、「オクトパスマン」の設定がやけに過剰とか(二メートル近い巨体で頭に梵字のタトゥー入れている)、B級感が滲み出ているところも味である。

 まとめると、三つのパートで登場人物を自在に出し入れする驚異的な手つきに、クレイジー過ぎる犯罪者、加えてB級フレーバー。完全に唯一無二の作風。本当に面白かった。