ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『エゴイスト』(松永大司/2023)

 エッセイスト高山真の自伝的小説を映画化。ファッション雑誌編集者の浩輔は同性愛者であることを隠さず東京で華やかに暮らしていた。浩輔はゲイの友人から紹介された龍太にパーソナルトレーニングを依頼する。二人はやがて付き合うようになるが、ある運命が待ち受けていた――
 出演は鈴木亮平宮沢氷魚阿川佐和子ら。監督は松永大司

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 感服しました。面白かった。

 本作でエクスプロイテーション的に注目されるのはやはり主人公二人のラブシーンだろう。トレーニングのあといい雰囲気になった浩輔(鈴木亮平)が龍太(宮沢氷魚)を自室へ上げる。部屋に入るやいなや龍太が浩輔にディープキスをする。観ていてちいかわのように「ワッ」と声を上げそうになってしまった(たぶん少なからぬ観客が心の中で声を上げていたと思う)。その後、「えっ、鈴木亮平がウケなの……!?」と思いきや、別の場面では「あ、今度は鈴木亮平がタチ……! 入れ替わりもありなのか!」と翻弄されっぱなし。「これ、R-15だよな……?」と思わず確認してしまうくらい見応えのあるラブシーンである。龍太がウリをやっている場面もしっかり描かれており、買ってるおじさんたちの風体の絶妙なリアリティにも唸ってしまった(別に知っているわけではないのだが……)。

 演出面の特徴として、本作は手持ちカメラで登場人物の顔アップの構図が非常に多い。こうすることで独特の緊張感が生まれるというか、顔アップはその人物の主観であることが強調されるので、今スクリーン上で起こっていることが客観的にどうなのかということが分からず、安心ができない。話の筋としても、年長者が生活の苦しい若い恋人に月20万円を渡す、というのはアンバランスな関係性と思え、いつか破綻するのでないかと観客に緊張を与える(といって、現代日本で家計を共にするために結婚するというような選択肢を取りづらいのが、ゲイのカップルの辛いところですが)。画角が引きになると、登場人物の主観と物語世界の客観に大きなズレのないことが分かり、少しほっとする。

 主人公浩輔を演じる鈴木亮平の演技が非常にうまい。例えば、序盤、まだ関係性が出来上がる前、浩輔が龍太に母親への手土産として折詰の寿司をプレゼントする。喜んだ龍太は、歩道橋の階段で追い抜きざまに浩輔にキスをする。その時の浩輔の「え、今のどういう意味……?」と困惑しつつもまんざらでない感じ、うまい。
 自分は鈴木亮平が出演している映画を観たことがなく、知っているのはNHKの紀行番組「世界はほしいモノにあふれてる」で三浦春馬の後継としてMCをしているところくらいだ。経緯からしてなかなか難しい現場だったのでないかと思われるが、前任者や共演者(JUJU)、番組へのリスペクトは欠かさず、徐々に自分のキャラクターを出し、なじんでいく様子に、「大人としてちゃんとしている人なんだな」と感心していた。本作『エゴイスト』でも、浩輔が龍太の実家に招かれ龍太の母から歓待される場面が非常によかった。龍太の母が「こんなお粗末な料理で」と言うと、「いやいや、こういうのが一番美味しいです」と決して世辞でない感じで返したりとか、辞去する際、龍太の母の脚が悪いと見て取ると、「いやいや、ここまででいいです。ほんとに大丈夫です」と押し返す感じとか、大人としてちゃんとしている感じがちゃんと出ていて、もちろん演技なんだけれども、持ち味でもあるんだよなあと思った。

 うまいといえば、龍太の母役も演技もうまくて、セリフの一つ一つが本当に自然なのである。この年代の女優でスクリーンであまり見覚えがないのにこんなにうまい人がいるのかと思っていたら、これ、阿川佐和子だったんですね。びっくり。阿川佐和子ってこんなに演技がうまかったんだ(公式サイトの監督松本大司のコメントで「既視感のない方」としてキャスティングしたとあり、いや、狙いがぴったりはまっているなと感心した)。

 というわけで、本格的なラブシーンに目を奪われがちなのですが(いや、明らかに気合が入っているし、十分に観る価値のある場面なのですが)、独特の緊張感と俳優陣の自然な演技で、最後まで目を離させない素晴らしい映画でした。