ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『天の敵』(イキウメ/2022)

 菜食料理研究家として脚光を浴びる橋本和夫は、戦前に独自の食餌療法で名を馳せた長谷川卯太郎に似ていた。ジャーナリストの寺泊満はインタビューで橋本が卯太郎の親類でないかと指摘する。橋本はこう答える。自分は長谷川卯太郎本人で、今年122歳になる、と――
 出演は浜田信也、安井順平らイキウメメンバーの他、瀧内公美、大久保祥太郎ら。脚本演出は前川知大。2017年公演の再演。本多劇場で観劇。

 SFミステリとしてお話がしっかりしていて、ならではの演出もあり、面白かった! 

ネタバレしています。

 全体として四部構成といったところか。

 パート1。菜食料理研究家橋本和夫(浜田信也)のキッチンでの料理番組の収録が行われる。終了後、橋本の料理教室へ通う寺泊優子(豊田エリー)の夫でジャーナリストの満(安井順平)がインタビューを試みる。満は数か月前に筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症していた。優子は夫が快方に向かうよう料理教室へ通っていたのだった。満は橋本が戦前の医学者長谷川卯太郎の孫でないかと指摘するが、橋本は自分が卯太郎本人であると告白し、半生を語り始める。
 パート2。卯太郎(大久保祥太郎)は第一次大戦時に中国東北部で時枝悟(森下創)という日本人と出会う。時枝は一種類の食事だけですべての栄養を補う「完全食」を探していた。時は流れ、昭和恐慌の折、貧しい人々に分け与える「完全食」のヒントを得るため、卯太郎は時枝を訊ねる。しかし、時枝は「完全食」の探求を捨て、「不食」を貫いていた。卯太郎は完全食の実験として密かに人の血液を飲み始める。すると、からだは若返る一方、太陽の光を浴びると火傷する体質となる。恩師である糸魚川市川しんぺー)は有用な研究になり得ると判断し、卯太郎を匿い、血液を供給する。卯太郎が若さを維持するにも関わらず自分だけ老いることを嫌った妻トミ(瀧内公美)も飲血を始めるが、太陽の下を歩けない、好きなものを食べられないということに絶望し、飽食の末、悶死する。
 パート3。日本が高度成長を遂げる中、卯太郎は闇の世界で暮らしていた。買血がきっかけでヤクザと親しくなったり、プロボウラーになったりする。ある日、糸魚川の孫である弘明(盛隆二)にもらった血液の味が普段より美味であることに気づく。卯太郎はカルテを調べ、血液の主である恵と知り合う。恵は菜食主義者だった。卯太郎は恵から採った血を隠れて飲もうとしたが、本人に目撃されてしまう。しかし、恵は卯太郎を受け入れ、二人は共に暮らすようになる。菜食主義者である恵の血を飲み続けた結果、卯太郎は太陽光の痛みを克服する。効率的に菜食主義者の血を得るよう、卯太郎と恵は料理教室を始める。一方、弘明夫妻も飲血を始める。飲血者は血を提供してくれる多数の人々を必要とする。そして、飲血者が増えればその構造はやがて破綻する。飲血者は人類の天敵でないか、と卯太郎は指摘する。
 パート4。すべてを聞き終えた満は、橋本の飄々とした態度に、話を信じるべきか悩んだ。満は飲用の血液が収まっているという橋本の冷蔵庫を覗き見る。ALSの病魔は徐々に満のからだを蝕む。自分はどうするべきか――

 イキウメおなじみのSFミステリである。若々しい料理研究家が実は戦前生まれで122歳、という掴みがまず素晴らしい。物語は枠構造となっており、橋本がなぜ若々しいままか、なぜ料理教室を営んでいるか、の理由が回想を追うごとに徐々に判明し、ラストで冒頭へ戻るという構成がよい。また、パート2くらいまではややシリアスだが、パート3は一転、自らの境遇に卯太郎が開き直った結果、コミカルなテイストとなる。
 劇場内に足を踏み入れると、緑を取り入れたキッチンスタジオのセットをかっちりと作り込んでいるのが見て取れ、一幕もので話を進めて行くのかと思いきやそんなことはなく、橋本と満が食卓で回想する場面は、食卓の背後が暗くなり、過去の人物が橋本と満の周りを縦横無尽に駆け回る。現代の橋本は浜田信也が、若い頃の卯太郎は大久保祥太郎が演じているのだけれども、壮年期以降はその二役を浜田が巧みに演じ分ける。現代にいるはずの満が過去の卯太郎にツッコミを入れるのも舞台ならでは面白い(イキウメはいつもこういう演出・演技がうまいよなと思う)。
 席が近いわけでなかったのではっきりと分からなかったが、冒頭の料理番組シーンは実際にIHクッキングヒーターで調理をしていたようだ。心なしか席にも香ばしい匂いがしてきて、ちょっとびっくりした。ただ、料理番組シーンそのものはちょっと冗長かなと思った。橋本の超然とした性格を描く場面なのは理解できるけれども、物語の進行があるわけでないので……

 本多劇場のある下北沢を訪れたのは10年ぶりくらい。小田急が地下化してからは初めて。井の頭線高架下にできたおしゃれな飲食店街は賑わっていたし、ごちゃごちゃした街並みもそれなりに残っていた。