ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『知能犯之罠』(紫金陳/2014)

 アメリカ帰りの秀才徐策は、中国の地方都市で防犯カメラ網を掻い潜り次々と官僚たちを殺害していく。この難事件に挑むのは類まれな捜査力をもつエリート警察官高棟。奇しくも二人は大学時代の友人同士だった――
 紫金陳は中国の推理作家。2007年にデビュー。「推理之王」シリーズや、本作を含む「謀殺官員(官僚謀殺)」シリーズなどを手掛ける。本作が初の邦訳作品となる。

知能犯之罠 官僚謀殺シリーズ

知能犯之罠 官僚謀殺シリーズ

 

  もしかしたらジャケで損しているのかもしれないが(2019年5月発売にも関わらず、11月時点でAmazonのカスタマーレビューは0件だ)、現代中国を舞台としてしか描けない異色ミステリで、めちゃくちゃ面白い。

 ※ネタバレしています。

ジャッカルの日』や『DEATH NOTE』のように、頭脳明晰な犯人をこれまた頭脳明晰な探偵役が捜査する、という話が好きなので、本作はそもそもが好みである。
 探偵役の高棟は、旧友でもある徐策に、捜査中の殺人犯と知らずに何度も事件の相談をする。高棟が誤った推理を披露すると、徐策は自分が疑われていないと知り安心しつつも、少しがっかりする。こういった構図の妙味である。
 しかし、本作の最も際立った特徴は、中国地方都市官僚のコネ、面子、腐敗、権力闘争が実にきめ細かく描かれている点だろう。
 高棟が警察組織を昇り詰めているのは、持ち前の頭脳によるものだけでなく、縁戚の力が大きい(日本でも縁戚による出世はあるが、明確な序列の存在が中国らしい)。

 さらに、高棟自身が所長級幹部というだけではなく、彼の義父が市政法委員会書記であり、市の指導者階級では第七位に属するという事実も重要だった。彼には強大な後ろ盾があった。

 徐策が高棟を介して、暴力沙汰を起こした自分の従兄弟の釈放を、県の幹部へ依頼する場面は、コネと面子が丁寧に描かれ、なるほど、中国人官僚の思考プロセスとはこういうものかと感じ入った。

 常務委員会の上役の娘婿が、わざわざあのガキのことで出向いてきたのだから、応じないわけにはいかない。
 しかも徐策は副県長まで連れて来るのだから、メンツを立てるべきである。
 この件については、鄭副県長らが話題を出す前に、自分から進んで言った方が良いと王修邦は考えた。自分より階級が高い人間から、あのガキを許してやってほしいと先に頼まれては体裁が悪いと思ったからだ。

 連続殺人が進行するにつれ、高棟は北京の高官の問責や、手柄を横取りしようとするライバルへの対応を、現場を放り出してまで取り組まざるを得なくなる。そうした場合も、正面から当たるのでなく、必ず直属の上司や義父と共に事前に根回しを済ませる。すべてはコネと権力なのだ(興味深いのは、高官の子息というだけでは出世にも限界があり、出世は縁戚に加えて本人の能力も不可欠であるというところまで描写されている点だ)。
 高棟は鋭敏な頭脳をもっており、また、困っている友人のために一肌脱ぐような男気をもった人物でもあるが、一方で中国の官僚組織の価値観に完全に染まってもいる(警察組織の都合のためだけに言論統制を躊躇なく行う描写なども、やはり価値観の隔絶を感じさせる)。

 その言葉に高棟は笑った。「まだアメリカ式でものを考えてるな。国の事情が違うんだから、司法の判断基準も違うんだよ。アメリカの裁判所には、陪審員がいて、検察は確実な目撃者や物証を提示しないといけないんだろ。DNAみたいな間違えようのない証拠があってはじめて、ようやく陪審員を納得させられて、犯人に有罪を下せるんだったな。俺らのところは柔軟にやって、証拠の一つ一つに不備があっても、供述がしっかりしていれば良いんだよ」
「犯人が口を割らなかったら?」
「逮捕されて口を割らない犯人はいないぞ」
「要するにごうも……」
「いや、捜査の一環だ」
「分かった。犯人が自供したとしても、その自供が嘘で、裁判で供述内容と事実が違っていた場合はどうするんだ?」
「俺はそんなことを起こさない。逮捕さえしてしまえば、喋らせたいことを何でも喋らせられるんだ」高棟は意味ありげに答えた。

 警察組織内部の腐敗や権力闘争は、例えば、横山秀夫の諸作でも描かれるが、本作でのそれはもはや世界の法則であり、犯人の最大の仕掛けもこの法則を利用して遂行される。もちろん、現代日本でも警察組織の腐敗や権力闘争はあるが、それでもなお隔絶した世界観で、SFパズラーの一種だと言っても過言でない。
 犯人対探偵の古典的な構図に、現代中国を腐敗を描く社会派の視点を加え、さらにそれ自体がトリックに奉仕しているという本格の指向も兼ね備えている。こんなミステリ読んだことがない。面白かった!

 以下余談だが、「華文ミステリ」として話題になった『13・67』(陳浩基)や『元年春之祭』(陸秋槎)が「島田荘司推理小説賞」ラインから登場している一方、まったく異なるルートから『知能犯之罠』という作品が日本へやって来たのは興味深い。本作の翻訳者阿井幸作氏のあとがきも、「島田荘司推理小説賞」ライン以外にも中国ミステリの傑作はたくさんある! というような気概を感じる(直接このように書いてあるわけではありません、念のため)。しかし、そのことが島田荘司の2010年の下記発言を証明する形になっているのが、ある意味逆説的で、面白いなと思った。

本格ミステリーの書き手がこの国から現れれば、五年以内に中国は世界のミステリー大国になるでしょう。十三億四千万人といわれます中国の巨大な人口の中には、必ず本格ミステリーの天才が潜んでいると信じています。

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