ぶりだいこんブログ

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「ハマスホイとデンマーク絵画」(東京都美術館/2020)

 前に国立西洋美術館の常設展を訪れた際、ヴィルヘルム・ハマスホイ(ハンマースホイ)の絵が印象に残った。室内を水平に描く構図で、画面外から陽光が差し込み、女性が楽器を弾いている。フェルメールを思わせるのだが、独特の疎外感がある。

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 それでこの画家のことは記憶に残っていたのだけれども、上野の都美術館でハマスホイの展覧会をやると知り、出向いてみた。

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 ヴィルヘルム・ハマスホイ(1884~1916)は1900年前後に活動したデンマークの画家。彩度を抑えた色使いの、静寂を感じさせる室内画や肖像画が特徴的。2008年にも国立西洋美術館で回顧展が開かれている。

 前述のようなハマスホイの作風は彼の個性によるものだけでなく、デンマーク絵画史の伝統の上に成り立っているのではないか、というのが本展覧会の主旨と解釈した。
 本展覧会は4章構成となっており、ハマスホイが登場するのは最後の第4章のみである。1章から3章まではデンマーク近代絵画を振り返るパートとなっている。

 第1章は19世紀前半の「デンマーク絵画の黄金期」と呼ばれる時代の作品が取り上げられる。西欧ではウィリアム・ターナーやフリードリヒらのロマン主義風景画が隆盛していた時代であるけれども、デンマークでもそれらの影響を受けたと思しきクレステン・クプゲのような画家が現れる。クプゲらはデンマークの美しい風景を描くが、少なからぬ作品がどんよりとした空模様で、デンマークという土地はあまり晴れ間がないのだろうかと思った。

 第2章は北欧の画家たちがユトランド半島北端の港町スケーイン(スケーエン)に魅了され、「スケーイン派」を形成した時代である。先頭に置かれるオスカル・ビュルクの『スケーインの海に漕ぎ出すボート』(1884/スケーイン美術館)*1は前章の端正な風景画から打って変わって勇壮で、日本でいうと和田三造の『南風』(1907/東京国立近代美術館)を少し思わせる。*2 おなじくオスカル・ビュルクの『遭難信号』(1883/デンマーク国立美術館)も、戸外の災難の予兆を感じ取る女性の一瞬を切り取ったドラマティックなテーマで、とてもよい。また、ミケール・アンガの『スケーインの北の野原で花を摘む少女と子供たち』(1887/スケーイン美術館)の明るいタッチは、クロード・モネの作品を思わせる。

 第3章は、印象派の影響がデンマーク流室内絵画として徐々に咀嚼されていくさまを展示する。ティーオド・フィリプスンの『晩秋のデューアヘーヴェン森林公園』(1886/デンマーク国立美術館)は、コペンハーゲンを訪れたポール・ゴーギャンから印象派の手法を学んだというだけあって、とっても印象派である。ヴィゴ・ヨハンスンの『きよしこの夜』(1891/ヒアシュプロング・コレクション)*3は、室内の明かりを落としクリスマスツリーを輪になって囲む家族の団欒が描かれる。明暗の対比や場面の切り取り方はある種バロック的とも言える。

 第4章は、ハマスホイ作品38点を展示する。ここにきて鑑賞者はハマスホイの陰鬱とも言える風景画や、室内画が、ある意味これまでのデンマーク絵画の集大成なのだ、と感じることができる。
 もちろん、ハマスホイはかなり極端な作風で、風景画も室内画もとにかく彩度のある物品が置かれない。また、人物もいない。いたとしても、背中を向けているか、複数の人物が互いに目を合わせようとしない。キャプションはポジティブな感じに解説していたが、やはりかなり偏屈な人物であることは間違いなかろう。記憶で書くので少し違っているかもしれないが、「歴史ある邸宅の室内だったら人なんていない方が絵になる」というようなハマスホイ本人のコメントも展示されていた。偏屈である……
 作品としては、やはり代表作として挙げられる『背を向けた若い女性のいる室内』(1903~1904/ラナス美術館)が特によい(作中に描かれる金属のトレイとロイヤルコペンハーゲンの陶器の現物も一緒に展示されており、へえと思った)。風景画も『若いブナの森、フレズレクスヴェアク』(1904/デーヴィズ・コレクション)など、うそでしょと思うくらい生気のない森林で、それがかえって印象的である。

 ハマスホイという個性的な作家の多数の作品と、西洋絵画史の中では比較的マイナーなデンマークという国の近代絵画史を同時に楽しむことのできる展覧会で、面白かった。