ぶりだいこんブログ

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『バロックの光と闇』(高階秀爾/2001)

 西洋絵画では初期フランドル派からバロック付近が好きで、この辺りにもう少し踏み込んで見識を得たいと思い、丸の内オアゾ丸善などを覗いてみたけれど、バロック以外の時代――ルネッサンス印象派について書籍や、もしくはフェルメールやベラスケスといった個別の著名画家を取り上げたような本はあるものの、バロックを概観するようなものは見つけることができなかった(さもなくば分厚い専門書になってしまう)。
 結局、Kindle講談社学術文庫の『バロックの光と闇』という本がよさそうだったので読んでみた。連載コラムを単行本にまとめたもので、読みやすい割に内容は本格的。自分のような初級者にとってちょうどいい知識を提供してくれる本だった。

バロックの光と闇 (講談社学術文庫)

バロックの光と闇 (講談社学術文庫)

 

 著者の高階秀爾は美術史学者。東京大学文学部教授の他、国立西洋美術館館長、大原美術館館長などを歴任した日本における美術史研究の第一人者。一般向けの美術解説書も多数ある。

 本書ではバロック美術が16~17世紀当時のヨーロッパの趨勢――対宗教改革、科学合理主義、絶対王政市民社会などから影響を受けていることが、それぞれ章立てされ丁寧に説明されている。また、古典主義、マニエリスムロココといった「バロックでないもの」と対比することで、かえってバロック性を浮き彫りにするような切り口も、新鮮で、興味深く読んだ(バロックの時代にあっても、フランスは比較的影響が小さく、むしろ古典主義が花開く。これまであまり意識していなかったが、確かにプッサンやクロード・ロランはベラスケス、レンブラントと同時代の人なのである)。

 手法としてのバロック美術の最大の特徴の一つ、明暗、については、「第6章 強烈な演出効果――光と闇」のリード文がよくまとまっていて、なるほどと思った。

 ラファエロの世界には、光が偏在している。それは眼をくらませるような激しいものではなく、落ち着いた穏やかな光だが、画面の隅々まで照らし出して、あらゆるものをはっきりと見せてくれる。光源がどこにあるかは判然としない。いわば効率の良い間接照明と言ってよい。
 それに対して、カラヴァッジオの作品では、強力な投光器から発せられたような強烈な光が画面を斜めに切り裂く。その筋道にあるものは鮮明に浮かび上がるが、陰の部分は深い闇のなかに沈み込む。光と闇のこの極端な対比は、それだけで強い劇的効果を生み出す。あらゆる点において激越な表現を好んだバロックの精神にとって、それはまことにふさわしい方法である。事実この時代、ヨーロッパのいたる所で、カラヴァッジオ風の明暗表現が一世を風靡した。

 書籍には実作例も豊富に掲載されているが、残念ながらモノクロである。ここはせっかくなのでWeb Gallery of Artでカラー版を参照しながら読みたい。
 カラヴァッジオは基本的に明暗の光源を画面の外に置いたが、やがて光源を画面内に配置する手法が流行する。

 この手法を最も早く利用して大きな人気を集めた画家の一人が、ローマで活躍したオランダの画家ヘリット・ファン・ホントホルストである。ウフィツィ美術館にある彼の《夕食会》はその代表的な例だが、彼はその他にも類似の主題の作品を数多く残していて、「夜のゲラルド(ヘリット)」と呼ばれたほどである。

  この『夕食会』は、手に持った蝋燭と、人物に隠れて間接照明的な役割を果たす(恐らく)蝋燭、という二つの光源が描き込まれており、大変技巧的、なのである。

Supper Party (Galleria degli Uffizi, Florence)

 光源の手法を宗教画として洗練させたのが、ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥールだ。

 ニューヨークのメトロポリタン美術館にある《改悛するマグダラのマリア》の場合など、鏡の反射を利用して、画中の光源をさらに複雑にしているのである。

The Penitent Magdalen (Metropolitan Museum of Art, New York)

 明暗演出といえば、もちろん、レンブラントを忘れていけない。本書で取り上げられているのは『目を潰されるサムソン』である。見事な解説だ。

 画面では主人公であるサムソンに最も強烈な光があてられ、それとは対照的に、長柄の戈を構えた残忍な兵士の姿が逆光のなかに黒々と浮かび上がる。奥の方では、鋏と毛髪を手にしたデリラが後を振り返りながら逃げていく。眼を潰されるということは、つまりは光の喪失に他ならない。強い照明に照らし出された豪力の勇者は、やがて深い闇のなかに引き込まれることになる。ここでは、明暗のドラマがそのまま、サムソンの悲劇と重なり合って、見る者に強い印象を与える。

The Blinding of Samson (Stadelsches Kunstinstitut, Frankfurt)

 

 バロック美術の特徴を、作例を引きながら多角的に分析し、かつ、ディープになり過ぎずにまとめている良書。「ハプスブルク展」や「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」といった西洋絵画の展覧会も控えており、予習にうってつけの本とも言える。

 

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