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『世界の歴史〈17〉アメリカ大陸の明暗』(今津晃/1969)

 メキシコの近代史に関心があり、Wikipediaよりもう少し踏み込んだ知識を得たいと思って手に取った。
 本書が取り扱っているのはタイトルの通り南北アメリカ大陸史である。「合衆国史は別にいいんだけどなー」などと思いながら読み始めたところ、「南北アメリカ大陸史」という広い視点が、かえってメキシコ史の理解を深めるのに大変役立った

世界の歴史〈17〉アメリカ大陸の明暗 (河出文庫)

世界の歴史〈17〉アメリカ大陸の明暗 (河出文庫)

 

  著者の今津晃は京都大学文学部長を務めた、日本における合衆国史の開拓者。本書は河出書房より1969年に出版された世界の歴史シリーズの一冊。
 南北アメリカ大陸史において、考古学的な関心を除いて、日本人が最も興味をもつのは、「なぜ現代のラテンアメリカは合衆国、カナダと比べて政治経済的に不安定なのか?」という疑問ではないだろうか。著者は次のように喝破する。

 一六世紀初期のカスティリャおよびアラゴン両王国が中世封建的要素を多分に残していたのにたいし、一世紀半後の清教徒とイギリス王権との抗争は、近代社会をもたらす一八世紀諸革命の出発点だったからだ。こうして、封建制を多分に残していた社会はそれをそのまま新大陸へもたらし、封建制からの脱却がいちじるしかった社会は、基本的には、資本主義に必要な諸条件を新大陸にもたらすことになった。

 言い換えるとこうなるだろう。「南アメリカへ移民を送り出した16世紀のスペインと、北アメリカへ移民を送り出した17世紀のイギリスの、近代化の度合いの差である」と。
 個人的に盲点だったのが、1492年にコロンブスアメリカ大陸へ到達してから、1776年の独立宣言に至るまで、およそ250年もの間、ヨーロッパ人が今の合衆国の土地でなにをしていたのかということだった。結論からいうと、始めの100年はほとんどなにもしていない。中南米に比べて大きな文明がなければ魅力的な鉱物資源もなく、積極的に植民をしていくというモチベーションが薄かったようだ。ピルグリム・ファーザーズが北アメリカで開拓を始めたのは1620年である。その後100年以上かけてイギリスからの移民が東海岸を開拓すると共に、イギリス本国も清教徒革命(1641年)、名誉革命(1688年)を経て近代化が進展した。
 一方、スペインは1521年にアステカ文明を、1533年にインカ帝国を滅ぼし、中南米の植民地化を早々に達成していた。この「時期の違い」がのちに大きな差異をもたらした、と著者は指摘する。
 無論、これだけが理由ではなく、特にアメリカ合衆国の政治的近代化を促す地理的要因として、広大なフロンティアの存在も挙げられている。

 このように、土地の私有化が比較的容易だったということは、移住者一般に経済上の自立性をあたえたばかりでなく、土地所有者の大部分が参政権をもつことができたという特殊状況をつくりだし、さらにかれらがえらんだ植民地代議員を推進力として、政治上の自立にも役だったのであった。自由民の大部分が参政権をもてたという点は旧世界とのいちじるしい相違であり、一三の植民地がそれぞれ代議会をもったという点も、フランス植民地やスペインおよびポルトガル植民地との根本的な相違だった。代議会の存在こそ、一三植民地人に自治の技術を習得させたもっとも重要な条件だったといわなければならない。

  逆に、ラテンアメリカ諸国が大同団結できなかった理由として、これは『銃・病原菌・鉄』でも触れられているが、南アメリカ大陸の地理的要因があると著者は述べる。

 南北に縦走するアンデスの峻嶮、人跡未踏のアマゾンの密林、はてしなくつづく不毛の砂漠、こういった自然の障害が各独立国をたがいに隔離し、全体としての統一をはばんだのである。

 ともあれ、これらいくつかの理由によって、ラテン・アメリカの旧スペイン領は独立後も植民地時代の行政区画である副王領や総督領の境界線を残し、これにしたがって一六の独立国に分立したのである。

 このことはラテンアメリカ発展に暗い影を落とした。

 このような社会で、多くの資本蓄積が行われようはずはなく、したがって工業の発展も健全な中産階級の成長も望まれるはずはなかった。ラテン・アメリカは豊かな潜在的資源に恵まれながら、一九世紀半ばになってもこれを開発する技術や資本をもたず、外国資本のかっこうのえじきとなってしまう。着実な発展のためには安定した政府と経済的自立とが絶対に必要だったのに、経済的立ちおくれのため、前途は暗澹たるものがあったというほかない。

  先述の通り著者は合衆国史の専門家であるため、本作でも記述自体は合衆国に関する分量の方が多い。そちらも、イギリス本国と植民地の関係、北部と南部の関係などが俯瞰的な視点で描かれており、一本のストーリーとして合衆国史が頭に入ってくる。五十年近く前の著作のため、もしかすると最新の史学とは異なるような見解が描かれているのかもしれないが、個人的には大変勉強になった。

 

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