ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『ザ・会社改造--340人からグローバル1万人企業へ』(三枝匡/2016)

 ファクトリーオートメーション、金型部品の国内専門商社だったミスミがグローバル企業へと転身していくさまを、実際に指揮を執った経営者の視点で描いた書籍。
 著者の三枝匡外資コンサルタント、事業再生請負を経て、2002から2014年までの12年間、ミスミグループ本社の社長を務めた。

 企業の社長という人が事業を変革をしようとした時、どういうところに着目し、どのように社内の人間に働きかけるか、が実例で記述されており、その点で興味深い。
 三枝が創業者である田口弘から乞われてミスミの社長に就任した際、ミスミは機械部品をカタログ販売するというビジネスモデルで十分に収益を上げていた。その中で三枝は「ミスミのビジネスモデルを海外展開する」、「商社専業だったところへ生産ノウハウ吸収のため製造業を買収する」、「カスタマーセンターを集約する」といった施策を実行する。これらを実施に至った現状分析と判断の根拠はコンサルタント出身だけあって分かりやすい。
 また、施策を実行する際、後継者育成のためにこれと見込んだ部下へ推進を託すのだが、直接答えを与えず部下に徹底的に考えさせるというやり方や、社長しかできない「期日の変更」を決断するタイミングなどはやはり面白く読んだ。
 一方、改革の本当にコアなところは記述してくれないので、少し隔靴搔痒の感もある。例えば、活動基準原価計算を独自にシステム化する際、「「精緻さと簡便さのバランス」「サボりを入れる」ことを重視した」とあるが、具体的な記述はない(企業秘密だから書けないのかもしれないし、著者からすると、経営者としてのジャッジが本書の主旨だから改革実務の中身そのものの記述は不要、ということなのかもしれない)。

 ところで、恐らく本書を読んだ誰もが感じるのは、著者の強烈な自己顕示欲だろう。物語仕立てで読んでほしいからというような趣旨で、本編は「三枝は……」という三人称で書かれているのだけれども、それがかえって「第三者的に自分の業績を誇示しよう」という風に読めなくもない。例えば、次のような文章である。

 三枝は、ABCを普及させる活動で自ら旗を振った。その姿勢は、GEのジャック・ウェルチが改善手法の「シックスシグマ」をGE社内に導入したときと同じくらいの熱いものだった。(第3章 会社改造3 戦略の誤判断を生む「原価システム」を正す)

 ミスミグループ本社のウェブサイトを見ると、創業者の欄に田口弘よりも大きく自分の写真を掲げており、もちろん、「中興の祖」としてのプライドがあるのは理解できなくもないが、それにしても自己顕示欲が強いなあと感じた。

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「マネジメント紹介 | 企業情報 | ミスミグループ情報 | 株式会社ミスミグループ本社」より

  ちなみに、左側の写真の代表取締役社長CEO大野龍隆は、作中で描かれている「西堀陽平」だろう。*1

 本書を読んでいて気になったのは、社員にも猛烈の働き方を求めているようにも読み取れる点である。

 土曜日、出社してきた長尾は朝から焦っていた。もう残された日は少ない。グラフや数値はたくさんあるが、とにかく話の「筋」が見えてこない。何とか最後のまとめに入らないと発表に間に合わない。
 そのときだった。昼さがり、社長が突然、姿を現した。土曜日の作業部屋に現れたのは初めてだった。三枝は前日に見た景色を思い出し、朝起きると不意打ちで出社することを決めたのだ。心配だった。タスクフォースのメンバーたちには、ひとつのドラマを文字どおりドラマチックに全社員に示してもらわなければならない。(第2章 会社改造2 事業部組織に「戦略志向」を吹き込む)

 社員が長時間勤務していることに関するエクスキューズは皆無である。この長尾という人物は幹部クラスなのでまだやむを得ないところもあるかもしれない。ただ、転職口コミサイトなどを見ると、概ね共通しているのが勤務時間の長さである。

基本的に定時退社する人はいない。残業まみれの会社。ルールとしては、残業は最大月80時間までと定められているが、それは80時間までなら残業してもいいと解釈されており、部署によっては不夜城と化している職場もある。有給は基本的に取りづらい。

ミスミグループ本社の評判・口コミ|転職・採用情報-カイシャの評判(1917)

実際に異業種や異職種からの転職者は多く、受け入れる文化はある。但し育てる文化はないため、自分で、足りない知識や経験は補っていく必要がある。業務は多岐に渡る。個人の仕事量が多いため、いい経験にはなるが、業務が煩雑でかなりデスクワークのウェイトが重くなる。 また、女性の活躍に関しては、実際マネージメントクラスに女性もいるが、かなりハードな業務環境ではある。

https://www.vorkers.com/company.php?m_id=a0910000000Fs4D

 また、日本各地にあったカスタマーセンターを東京と熊本の二拠点へ集約する際、かなりの転勤が発生したようだ。

 地方センターで働いていたオペレーターのなかには、業務の移行に伴い、東京や熊本に移る者がたくさん出てきた。二度目の挫折直前に東京に移っていた福島や仙台、金沢、群馬県の太田、横浜の人たち10名ほどに加えて、集約再開後、松本や静岡、名古屋、福岡、広島、大阪の各地から東京ないし熊本に転勤した社員は40名近い人数になった。(第7章 時間と戦う「オペレーション改革」に挑む)

 ここまでは事実の記述である。実際に地方のオフィスを閉じ、かつ、雇用を維持するとなると、転勤が伴うのはやむを得ないといえばやむを得ない。ここまではいい。しかし、鼻白んでしまうのは、続けてある次の文章である。

 彼女たちは皆、ミスミが好きであると同時に自分たちの職業(プロフェッショナル)に誇りを感じていた。(第7章 時間と戦う「オペレーション改革」に挑む)

 それは確かにそうなのかもしれないけれど、指揮した社長がそれを書くの? とは思ってしまう。転勤することになった社員たちのプロフィールを読むと三十代の女性が多いようだ。それぞれの土地で働いていた経緯は分からないけれど、急に生活の拠点を離れなければいけないのはなかなかに大変なことだし、これまた記述はないけれど、家族がいたらどうなってしまったのだろうか。
 全般的に社員に対してかなりのコミットメントを要請しているが、それが彼らの生活や健康に与える影響というのはほとんど描かれない(唯一、上海へ赴任することになった男性社員の家族帯同プロセスが悪かった点の反省は記述されている)。
 無論、コミットメントが悪いせいで改革が頓挫し会社が潰れてしまったら生活もなにもないといえばそれまでなのだが、先述の著者の自己顕示欲の強さもあり、どうも自分はその辺りが気になってしまうのである。

*1:「三枝は西堀を社長室に呼んだ。43歳になった彼は若白髪が多く、実際の年より上に見えて、貫禄が出はじめている。」(第6章 会社改造6 「生産改革」でブレークスルーを起こす)