「僕、常々思ってるんですが――」天然パーマの大学生久能整(くのうととのう)は同級生殺害の容疑で警察署へ連行される。整に不利な証拠、証言が次々と集まる一方、整は取り調べの刑事たちと雑談ともいえる会話を始めるのだった――
『ミステリと言う勿れ』は「月刊flowers」にて2017年より不定期連載。2018年12月現在で3巻まで刊行。作者の田村由美は1983年に『オレたちの絶対時間』でデビュー。1992年に『BASARA』で、2006年に『7SEEDS』でそれぞれ小学館漫画賞の少女向け部門を受賞している。
田村由美といえば、読者をぐいぐい引っ張っていくハッタリの効いたストーリー展開と、その中で描かれる少女マンガ的な価値観、心情表現が魅力的なわけですが、『BASARA』、『7SEEDS』ではSFファンタジー路線だったところを、本作では現代日本が舞台のミステリものにジャンルを切り替えています。しかし、ミステリというジャンルでも田村由美の魅力は健在なんですね。
『7SEEDS』で抑圧的な男性に対して女性が抵抗するさまを小気味よく描くような場面がありました。
『ミステリと言う勿れ』は、こういった場面が主人公整の、これはなんというか、「憑物落とし」と表現するのが一番似合っていると思うのですが、そういった会話で表現されます。
このような会話で登場人物の価値観の転回させる。この辺りのネームはさすがにうまい。前提として主人公整がやはり魅力的なのですね。飄々としているようで、カレー作りが警察の捜査で邪魔されることに憤りを感じるような子供っぽさもある(とはいえ、説教臭くて嫌だという人もいるだろうなとは思う)。
ちなみに、「憑物落とし」という言葉を使ったけれど、作品中のメタ的言及から、恐らく作者は京極堂シリーズを既読なのだと思われます。
陰陽師=京極堂、ルポライター=浅見光彦? 塀の中の有名な殺人鬼=ハンニバル・レクター。あとは一般的過ぎてちょっと分からないけれど……
3巻までだと大まかに4つのエピソードがあります。
巻数 | サブタイトル | エピソード |
---|---|---|
1巻 | 容疑者は一人だけ | episode 1 |
【前編】会話する犯人 | episode 2 | |
2巻 | 【後編】犯人が多すぎる | |
つかの間のトレイン | episode 3 | |
思惑通りと予定外 | episode 4 | |
3巻 | 相続人の事情 | |
落とされたものは | ||
鬼の集い | ||
殺すのが早すぎた |
探偵が容疑者、バスジャック、暗号、旧家の遺産、とバラエティに富んでいますが、自分はepisode 2が気に入っています。突然のバスジャックから(バスジャック犯がバスを人目につかないためにするトリックがなかなかユニーク)一転、山荘ものテイストになるのも、捻りが効いていてよい。個人的には西村京太郎の『殺しの双曲線』を想起しました。お話自体はあまり似てないのですが、兄弟、山荘、復讐といった要素と、ストーリー展開の妙で読ませるところが。真犯人の動機は京極堂シリーズっぽさもある。
作者は「すみません ミステリじゃないです むり そんな難しいもの描けるもんか! だからこのタイトル…」(2巻あとがきより)と謙遜しているけれど、ジャンルとしては疑いなくミステリであり(第一「ミステリー」じゃなくて「ミステリ」というのが推理小説ファンの心をくすぐるじゃないですか)、謎そのものというよりはぐいぐいとした勢いのストーリーとかキャラクターの魅力で読ませるのもユニークだし、まだまだネタはいろいろありそうだし(整くんの家庭のこととか)、非常に期待のもてるシリーズなのです。