ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『シン・ウルトラマン』(樋口真嗣/2022)

 1960年代に日本で制作・放映された人気特撮TVシリーズウルトラマン」のリブート。突如、巨大な生物が地中から現れ、日本を襲った。政府はそれを「禍威獣(カイジュウ)」と名付け、かろうじて撃退した。種類の異なる禍威獣が次々と姿を現すのに対し、専門集団として「禍威獣特設対策室専従班」、通称「禍特対」が編成された。そんなある日、空から飛来した銀色の巨人が禍威獣と戦い始めた。人々は彼を「ウルトラマン」と呼んだ――
 主人公でウルトラマンに変身する神永新二を演じるのは斎藤工。他、西島秀俊長澤まさみ、有岡大貴、早見あかり山本耕史らが出演。監督は『ローレライ』(2005)、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』(2015)等で知られる樋口真嗣。脚本は『シン・ゴジラ』(2016)、「エヴァンゲリオン」シリーズの庵野秀明

www.youtube.com ※ネタバレしています。

 本編が始まる前の制作会社クレジット。東宝の次に円谷プロがあって、あ、円谷プロか! と思った。それから、その次のカラーのところでいつも通りウルトラマン登場時の効果音が流れるんですが、一周回って元ネタに戻ってきてしまった……!

 さて、どんな風にお話が始まるのだろうとドキドキしていると、いきなり怪獣が出てきたかと思えばテロップ連発&ダイジェストで済ませてしまうのは、「初めて怪獣に接する社会の反応は『シン・ゴジラ』を参照してください」&「前日譚として『ウルトラQ』も入れておきましたよ~」ということですね(テロップ演出ここだけだったしね)。あと、結果的に『パシフィック・リム』(ギレルモ・デル・トロ/2013)の冒頭っぽくもある。

 で、本筋に入り、再び怪獣が現れ、「禍特対」が呼ばれる。
 禍特対は自衛隊に対して指揮権をもつという設定である。原作『ウルトラマン』で同等のポジションにあるのは「科特隊」だ。科特隊は単独で攻撃能力をもっているが、これが日本国法制下でどのように解釈されているかは謎だ。そういった点を現代的に解釈し直して、攻撃能力を自衛隊の独占とし、作戦指揮能力に特化させたのが本作の禍特対だ。が、この禍特対の作戦指揮能力が全然発揮されているように見えない。怪獣に対して右往左往しているだけである。
 違和感を覚えて、『シン・ウルトラマン』鑑賞後、「円谷イマジネーション」へサブスク登録し、原作『ウルトラマン』を何話か観た。やはり原作「科特隊」は対怪獣において状況をある程度コントロールしておりウルトラマンは最後のどうにもならないところだけカバーする、というケースが少なからずある(例えば、本作の元ネタの一つになっている第8話「電光石火作戦」)。
ウルトラマンの歌」が「胸につけてるマークは流星」とウルトラマンでなく科特隊の描写から始まるのに象徴されるように、科特隊は極めて重要なポジションである。リブート作品に対して「解釈違い」でネガティブに評価するのはあまりよろしくないと思うが(自分の解釈が正解とは限らないので)、「禍特対」の対怪獣における非力さにどうも乗り切れないのである。

 山本耕史メフィラス星人は非常によかった。礼儀正しいんだけどどことなくうさんくさいという彼の演技が十二分に発揮され、日本人が日本語で喋っているのにきちんとメフィラス星人に見える。スタニスラフスキー・システムの「魔法の〈もし〉」を持ち出すと、山本は「もし自分がメフィラス星人だったら?」と己に問いかけてあの役柄を作り上げたのだろうか? すごい。

 人類が生物兵器になり得ることが分かったので地球外知的生命体の総意として人類を滅亡させる、超兵器で太陽系ごと破壊する、って『三体』の黒暗森林理論ですね! 庵野さんは『三体』読んでたんでしょうか。ただ、ゼットンが衛星軌道上からでも姿が見えるくらい大きくてバトルにはならない(ゼットンは「最強」の「概念」という解釈)というのが観客として嬉しいのかというと、うーん、ではある。

 総体として、この座組でウルトラマンのリブートってこれが最初で最後だと思うけど、庵野さん、本当にこれがやりたかったの? と思ってしまう。『シン・ゴジラ』が素晴らしい出来だっただけに。これが本当にやりたいことだったら、ごめん、だけど。