ぶりだいこんブログ

推理小説とか乃木坂46の話をしています。

『探偵AIのリアル・ディープラーニング』(早坂吝/2018)

 推理小説ディープラーニングした人工知能が犯罪事件の探偵を務める連作短編集。各話がそれぞれ「フレーム問題」、「中国語の部屋」等、実際の人工知能に関するトピックを取り扱っているのが特徴的。著者の早坂吝は、『○○○○○○○○殺人事件』で第50回メフィスト賞を受賞しデビュー。デビュー作で登場した援交探偵上木らいちをシリーズ探偵とし、その第三作『誰も僕を裁けない』は第17回本格ミステリ大賞の候補作にもなった。本作『探偵AIのリアル・ディープラーニング』はノンシリーズの作品である。

探偵AIのリアル・ディープラーニング(新潮文庫)

探偵AIのリアル・ディープラーニング(新潮文庫)

 

 ※ネタバレしています。

 

 ディープラーニング(を使った人工知能)の描写としてちょっと飛躍しているようなものがあり、著者は重々承知の上で敢えてエンタテインメントとして割り切って描いているのだろうが、一応取り上げていく。

  • 人工知能推理小説を学習させることと、人間と会話できるようなインターフェースをもたせることは、技術的には別物である。仮に推理専門の人工知能が現実に存在した場合、そのユーザーインターフェースは恐らく黒いコマンド画面だろう。
  • ディープラーニングを用いた人工知能は、人間が吟味した数的パラメータをインプットとして、数的なアウトプットをするものであり、本作で描かれているような、捜査資料をインプットしたらアウトプットとして犯人の名前を教えてくれるようなファジーなものではない。むしろ捜査資料のような雑多な情報から、いかに人工知能が学習可能な数的情報に落とし込むかが苦労されている点だ。

 という感じで、始めは一歩引いた感じで読んでいたのだけれども、「刑事」役の人工知能と「犯人」役の人工知能がいて、犯罪事件を題材に、AlphaGoみたい互いに対戦して学習していった、という経緯が語られるに、心を鷲掴みにされた。これは大好きな「名探偵」VS「名犯人」ものの新たな機軸!
 さらに次のくだりである。これは、助手役となる語り手が「探偵」役の人工知能に犯罪事件の捜査方法を相談する場面である。

「そうは言ったものの、どうやって捜査してもらったらいいのかな。僕が情報を集めてきて、君はパソコン内にいながらにして事件を解く、安楽椅子探偵のような形になるのかな」

 そう、本作はある意味究極の安楽椅子探偵ものでもあるのだ!(結局、人工知能スマホに入れて持ち歩くので、安楽椅子探偵でなくなってしまうのだけど) ディープラーニングという時事ネタを取り扱いながら、著者はあくまでそれを推理小説の新規性追究に奉仕させているところがいい。
 もう一点、たぶん、少なからぬ人が意表を突かれたんじゃなかろうかというのが、第二話「シンボルグラウンディング問題 AIさんはシマウマを理解できない」の解決編のパート。
「シンボルグラウンディング問題」は人工知能を実現する上での課題の一つである。

 たとえば、シマウマを見たことがない人がいたとして、その人に「シマウマという動物がいて、シマシマのあるウマなんだ」と教えたら、本物のシマウマを見た瞬間、その人は「あれが話に聞いていたシマウマかもしれない」とすぐに認識できるだろう。(中略)
 ところが、意味がわかっている人間にはごく簡単なことが、意味がわかっていないコンピュータにはできない。シマウマが「シマシマのあるウマ」だということは記述できても、ただの記号の羅列にすぎないので、それが何を指すのかわからない。初めてシマウマを見ても、「これがあのシマウマだ」と認識できない。つまり、シマウマというシンボル(記号)と、それを意味するものがグラウンドして(結びついて)いないことが問題なのだ。(『人工知能は人間を超えるか』(松尾豊))

 このエピソードでは、ロバとシマウマの合いの子「ゾンキー」*1が殺人の凶器として使われる。人工知能探偵が喝破した真相は、これは「犯人」役である人工知能が計画した犯罪であり、人工知能は犯罪資料上の「鈍器」は理解していたが、現実世界での実物の鈍器が分からず、「ゾンキー」を「鈍器」と混同していたため、というものである(「犯人」役の人工知能がシンボルグラウンディング問題を起こしていた)。
 推理小説ファンがはっとするのは、これは作中でも暗示されている通り、古典作品のリプライズだからである。"blunt instrument"と"instrument"の混同が、「鈍器」と「ゾンキー」の混同と、推理小説的な文脈で共鳴しており、一方、「ゾンキー」はスティーブン・ハルナッドがシンボルクラウンディング問題として例示した「シマウマ」と、人工知能的な文脈で共鳴している。この文脈の重ね合わせはいったいどういう理路で至ったのか、まったく著者の手つきは魔法のようである。
 最終話の大ネタも決まっているし、とにかく人工知能推理小説の重ね合わせが見事で、本当にびっくりした作品だ。