叙述トリックとは推理小説の技法の一つで、読者に対して人物や時系列等を誤認させるトリックである。アリバイトリックや密室トリック等が、犯人が捜査陣に対して仕掛けるトリックであるのに対して、叙述トリックは作者が読者に仕掛けるトリックというのが特徴である。ニコニコ大百科が比較的充実しており、また、短いながら実作例もあり理解しやすい。
ニコニコ大百科の記述の通り、叙述トリックは小説での作例が圧倒的に多い。というのは、小説というメディア自体が、情報量が少なく読者の想像力に委ねる部分が多い。叙述トリックはそれを逆手に取る。映像があると人物や時系列を誤認させるのは難しくなる。
しかしながら、映像作品でも作例がないわけでなく、むしろ小説ではできない映像ならではの叙述トリックもある。以下、ネタバレです。
"Someday"(Nickelback/2003)
カナダのロックバンド、ニッケルバックの2003年のシングル"Someday"のミュージックビデオである。まずはご覧いただきたい。
叙述トリックの作例です、と前置きしているので推理小説ファンなら概ね途中でネタ割れすると思う*1。トリックのネタとしては、1999年の著名なホラー映画作品とおなじだろう*2。
ニッケルバックのトリックは小説でも作例がある。では、映像でしかできないような叙述トリックというのがないものか、というと、ここで乃木坂46が出てくる。
『超能力研究部の3人』(山下敦弘/2014)
乃木坂46は2011年から活動している日本の女性アイドルグループである。ミステリとは無縁の存在に近いけれども*3、出演している映像作品に叙述トリックの作例が少なくない。尖った映像作品を大量に作りたい(しかし、予算はあまりかけられない)というグループの方針(もしくは総合プロデューサーである秋元康の意向)と関係あるのかもしれない。
『超能力研究部の3人』は山下敦弘監督による2014年の映画だ。乃木坂46初の主演映画という触れ込みで、メンバーの内、生田絵梨花、橋本奈々未、秋元真夏の三名が出演している。大橋裕之のマンガ『シティライツ』の一編を原作に、「超能力研究部」という部活動に所属する三人の女子高校生たちが同級生である宇宙人を宇宙へ帰そうとするドラマパートと、初主演に臨む乃木坂46の三名の奮闘を描くメイキングパートが交互に進む、少々変わった構成となっている。
メイキングパートでは、乃木坂46のメンバーが監督の演技指導に涙したり、撮影現場で偶然学友と会ったり、メンバー同士で喧嘩をしたり仲直りしたりしながら、撮影を進めていく。
ところが、ドラマパートもメイキングパートもすべて終わりスタッフロールが始まると、驚くべき事実が判明する。スタッフロールで示される通り、メイキングパートで出演していた撮影スタッフはみんな役者だった。つまり、メイキングパートの涙も再会も喧嘩も仲直りもすべて作り話だったのだ。
乃木坂46の映画初主演という製作背景自体をトリックに利用しており(従って、メイキングパートがあるのもさほど不自然ではない)、非常にクレバーだと思う。自分の知る限り映画でも推理小説でも類例がなく斬新な叙述トリックだと膝を打ったのだが、制作陣はその点をアピールしておらず、出演したメンバーがむしろ積極的にネタバラシをしているくらいので*4、もしかしたら自分が間違った観方をしているのかもしれない……
ちなみに本作はHuluでも視聴可能である。
「全力女優だまし」(中川英明、塚本祐介/2016)
乃木坂46にはシングルに「個人PV」という特典映像の付くことがある。各メンバーに若手の映像作家を付け、数分程度のプロモーションビデオを撮影、収録している。方向性は様々なのだが、その中から個人仕事に発展するケースもある。最近では17thシングル「インフルエンサー」の特典映像だった伊藤万理華の「伊藤まりかっと」が話題になり、それがそのままヘアサロンアプリのコマーシャルでも使われるようになった。
今回取り上げたいのは、14thシングル「ハルジオンが咲く頃」の特典映像の一つ、川後陽菜の個人PV「全力女優だまし」(中川英明、塚本祐介)。ウェブでは予告編のみで、本編はシングルCD初回限定版Type-C付属のDVDでのみ鑑賞可能である。
川後陽菜が保険会社のCMタレントとして採用され、撮影をするも、最後にドッキリだったことが明かされる。予告編はここまで。本編では実際に嘘CM撮影風景が描かれるのだが、ラスト、川後が初めから「ドッキリを仕掛けられた体」で全編を演じていたことが明かされる。騙されていたのは演者でなく視聴者だったのだ。冒頭の「この映像は川後陽菜の女優力が試される企画である。」、「最後まで騙し通せるか。」というテロップも、最後に意味が反転するところが、素晴らしい(撮影した保険会社の嘘CMをおまけで流すところも洒落ている)。
ちなみに、おなじ14thシングルの特典で渡辺みり愛の個人PV「わたしのみかた」(タナカシンゴ)、若月佑美の「彼女の思い出」(山田篤宏)も叙述トリックが使われており、えらく叙述トリックに寄った映像集となっている。が、「わたしのみかた」は実は主人公が幽霊だったネタ、「彼女の思い出」は恋人かと思ったら親子だったネタで*5、映像ならではというわけでない。叙述トリックへの奉仕という点で「全力女優だまし」をより評価する。
『超能力研究部の3人』と「全力女優だまし」が映像ならではの叙述トリックとして光るのは、それぞれ「メイキング」、「ドッキリ」という、それ自体が映像ならではの技法に依拠しているからだと思う。
- 作者: 乃木坂46,2014「超能力研究部の3人」製作委員会,モーニング編集部
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/12/05
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*1:一応書いておくと、主人公の男は突然飛び出していった恋人を追いかけるのだが、実は恋人は主人公の死を新聞記事で知り飛び出して行っており、主人公は既に幽霊になっていた、というオチ。
*2:両作共主人公自身が幽霊であることを認識しておらず、主人公が作中で事態に気づくことが解決編という構成のため(読者だけでなく主人公もミスリードされているため)、純粋な意味での叙述トリックではないかもしれない。
*3:齋藤飛鳥、高山一実など個人としてミステリを愛好しているメンバーはいるが。
*4:http://blog.nogizaka46.com/manatsu.akimoto/2014/12/021891.php
*5:あくまで個人的にだが、本作は少し気持ち悪く感じる。1992年に発表された新本格派の推理小説作品が類似のネタで暗に取り上げた親子関係の不気味さを、本作では綺麗に捨象してしまっているからかもしれない。